2021年2月10日
第4回 生命(いのち)を見つめるフォト&エッセー 受賞作品
一般の部【厚生労働大臣賞】
「私は何者ですか?」
長町 明子(56歳)福岡県
「手術を受けるか受けないか、決めていただきたいので早急に来院してください。」
母の一命を取り留めてくれた主治医からの1本の電話。返答までの時間に猶予がないと念を押された。
前日に救急搬送された母の病名は脳出血。長年の人工透析による動脈硬化が起因し、手術中に亡くなる可能性もある。今回手術が成功しても3年以内に再発する可能性が高い。手術をしない場合には数日内には亡くなられるでしょう、と主治医はCT画像を指し示しながら説明した。1人娘である私に、母の生命の選択が託された。
看護師である私は、過去に何度も終末期の患者に寄り添った経験があった。迫り来る死に対して無力な患者たちは皆、一様に生き続けられない無念さを私に訴えた。「生きたくても生きられない人がいる」。お別れのたび、私の心にはその遺志が刻まれていった。
母は失語、右
敏腕の主治医のおかげで母は大手術に耐え生還した。術後の週3回の透析にも耐え、鼻から管で栄養剤を注入することで命を
母が2度目の脳出血で亡くなるまでの7年間、私は母の在宅介護に関して出来うる限りの手を尽くした。私の2人の息子たちも毎週入浴介助を手伝ってくれた。母は声かけに
母の意思を無視して私が母を生かすことを選択したが、その決断を母自身は望んでいただろうか。母が亡くなった後も私はそのジレンマを抱え続けている。今も母の遺影の前で「お母さん、ごめんね」と無意識に
母の初盆供養も終わったある日、私は胃瘻を造設した90代の老人の担当看護師になった。彼は認知症があり、口数が少ないものの日常会話は成立するし、
彼におやつはなかった。お茶の
「私は何者ですか?」
私は「え?」と言ったきり絶句した。彼は続けた。「私だけお茶の1杯も飲ませてもらえない。
程なくして彼は精神科病院へ転院して行った。きっと「何故だろう?」という疑問をたくさん抱えたままで。亡くなってお別れしたわけではないのに、患者との別れがこれほどまでに寂しく、後味が悪いことはかつてなかった。
第4回 受賞作品
一般の部: 【 厚生労働大臣賞 】
【 日本医師会賞 】
【 読売新聞社賞 】
【 審査員特別賞 】
【 入選 】
【 入選 】
【 入選 】
【 入選 】
【 入選 】
中高生の部:【 文部科学大臣賞 】
【 優秀賞 】
【 優秀賞 】
【 優秀賞 】
小学生の部:【 文部科学大臣賞 】
【 優秀賞 】
【 優秀賞 】
【 優秀賞 】