医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【人を対象とする研究】H-1.研究発表の不正行為と防止対策

竹内 正弘(北里大学薬学部臨床医学(臨床統計学)教授)


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 平成28年10月に発表された日本医師会「医師の職業倫理指針 第3版」のなかで、科学的根拠のない医療について言及している。『医療の進歩は未知の領域に挑戦するなかで得られるものでもあり、先端的・実験的な医療と詐欺的ないわゆる「えせ医療」との区別は往々にして難しい。また、臨床の実地では、現在の科学の枠組みでは必ずしも説明ができないような伝統医学や代替医療などの医療の意義を全面的に否定しているわけではない。医師は患者の状況や背景等も考慮し適切な医療を選択することになるが、原則として科学的根拠をもった医療を提供すべきであり、科学的根拠に乏しい医療を行うことには慎重でなければならない。たとえ行う場合でも根拠が不十分であることを患者に十分に説明し、同意を得たうえで実施すべきである。いやしくも、それが営利を目的とするものであってはならない』1)と簡潔かつ厳重に述べている。

 研究発表の不正行為は、ディオバン事件に代表されるように医師の職業倫理指針に相反して、企業の営利のためのプロモーション活動に加担するために行われる場合がある。確かに、大規模臨床研究実施のためには、莫大な資金が必要になり、豊富な人材確保が必須になってくる。金銭・人材確保に関しては、企業とコラボレーションしていかなくてはならない。しかしながら、相互の利益(科学的根拠の追求、営利目的)に関して透明性を担保しながら、科学的根拠に基づいた医療情報を提供するための臨床研究実施は不可欠である。その場合、営利目的とは独立した立場から、臨床研究に関与し、最新の医療を速やかに患者に提供することは、医師の義務である。営利目的のために臨床研究発表の不正行為を行うことは、公衆衛生、すなわち患者全体に対して不正行為を実施したことに匹敵する。

 医の倫理に関しては、日本医師会ホームページ、「医の倫理の基礎知識」2)に説明されている。「医の倫理~その考え方の変遷」、「ヒポクラテスと医の倫理」の項では、医師の医療行為に関しての心がけについて解説、またその変遷についても詳細に解説してあり、表1に変遷項目について列挙してある。「個人への尊重」から臨床研究に参加する「個人の自己決定権」への勧告を行っている。

表1 医の倫理

個人に関して
■ The Nuremberg Code
  • ♦ The Hippocratic Oath
■ The Helsinki Declaration
  • ♦ The 1974 NRA
■ The 1978 Belmont Report
公衆衛生に関して
■ Good Study Design
■ Investigator Competence
■ Balance of Risk and Benefit
■ Privacy
■ Institutional Review
■ Informed Consent
■ Data Monitoring・Management

 新医療技術開発は、企業間で競争が著しくなってきており、医の倫理が単に患者「個人」に対する倫理から、発表された医療情報が与える「公衆衛生」(患者全体の健康)の側面が重視されるようになってきている。その際、考慮されるべき倫理とは、表1に整理してあるように、臨床研究実施のための体制構築に関する倫理と考えられる。「最適な臨床研究デザイン、研究者の資格、リスクとベネフィットのバランス、個人情報保護、実施施設での審査体制、インフォームド・コンセント、データモニタリング・管理体制」(表1)等が挙げられる。実際に生じた問題事案では、研究者の資格、施設の審査体制、データ管理体制の問題が浮き彫りになった。これは、医師の職業倫理指針が指摘している、営利を目的としてはならないことへ著しく反しており、公衆衛生への倫理を大きく損ねていると言わざるを得ない。臨床研究従事者は、研究発表の公衆衛生に与える影響を十分に理解し、倫理指針が提唱している科学的根拠をもった医療を提供するために、臨床研究を実施することを肝に銘ずるべきである。

 研究発表の不正行為対策3)の1つとして、発表以前に、研究発表とは独立している複数の臨床研究専門家チーム(研究プロトコル、データ解析・マネージメント、倫理等)に批判的評価を受け、ピュアーレビューを受けることは、不正行為を防止するための鍵になると判断できる。

 臨床研究実施のためには必要資金が一段と増加しており、企業と研究者や学会が相互に透明性のある協力体制を構築することが必須である。そのため、医の個人レベル、公衆衛生レベルでの倫理指針をしっかりと保守し、科学的根拠を追求していくことが望まれる。

文献

1)日本医師会:医師の職業倫理指針 第3版.2016,21-22.
2)日本医師会:医の倫理の基礎知識.
https://www.med.or.jp/doctor/rinri/i_rinri/001014.html
3)Gallin JI,Ognibene FP:Principles and Practice of Clinical Research 3rd ed,Academic Press.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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