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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-1.患者の遺族への医師の説明義務

伊澤 純(日本医師会医事法・医療安全課課長)


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1.はじめに

 医療提供の現場では、医師、医療提供者による治療の甲斐なく、患者が死に至った場合、主治医は患者の遺族に対して、患者の死因や生前の病状、治療内容等を説明したうえで死亡診断書等を交付し、また遺族から求めがあれば、診療記録等の開示にも応じるなどして、遺族への説明や情報提供に努めている。こうした説明等は日常診療の延長として行われるため、ことさらに法的義務として意識されることは少ないが、民事裁判例の中にはこれを争点としたものも少数ながら存在する。本項では、裁判例として現れた遺族への説明義務と、日常的な診療情報提供の一環として取り組まれる遺族への診療記録等の開示の問題を中心に論じる。

2.裁判例

 遺族への説明義務が争点とされた公表裁判例としては、少なくとも16判決が確認され、そのうち実際に説明義務違反が肯定されたものが6判決(①広島地裁平成4年12月21日判決、②東京地裁平成9年2月25日判決、③甲府地裁平成16年1月20日判決、④東京地裁平成16年1月30日判決、⑤東京高裁平成16年9月30日判決、⑥大阪高裁平成25年12月11日判決)、説明義務違反は否定したが一般論として遺族への説明義務があることを前提としたものが8判決であった。

 これらの判決の分析から、(i)事実と異なる説明や隠蔽をした場合には説明義務違反とされる、(ii)死亡診断書・死体検案書や診療録の虚偽記載、改ざんも義務違反となる、(iii)説明内容が著しく不正確な場合にも義務違反とされる、等を裁判所の判断として読み取ることができる。もっともこれらの裁判例の多くは、生前の医療内容についての過失が争われていたり、入院患者の自殺等の事情を含む事例などであり、これらの裁判例の分析のみから遺族への説明義務を一般化することは適切ではない。

3.診療情報の提供

 患者へのいわゆる「カルテ開示」などについて、日本医師会が自律的規範として定めた「診療情報の提供に関する指針」は、平成14年の改訂時に「遺族への診療情報の提供」の項が加えられ、また厚生労働省が平成15年に定めた「診療情報の提供等に関する指針」にも同様の規定が設けられている。なお、個人情報保護法は生存する個人に関する情報を対象とするが、同法にもとづき個人情報保護委員会・厚生労働省が定める「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」では、「患者・利用者が死亡した際に、遺族から診療経過、診療情報や介護関係の諸記録について照会が行われた場合、医療・介護関係事業者は、患者・利用者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重しつつ、特段の配慮が求められる」として、前記厚生労働省指針が定める取扱いに従って対応することを求めている。

 ただし、これらの指針を現実の事例に適用する際には、患者の生前の医療等の内容や遺産相続等をめぐり遺族間で意見の対立があるなど、記録の開示や説明の対応に苦慮する場合もある。判断に迷う場合は、法律専門家等の助言を得ることが重要である。

4.まとめ

 裁判例を見る限り、遺族への説明義務は医療過誤が疑われるなどの特殊な事情を有する場合に争点とされ認められる傾向にあるが、医師の法的義務として普遍化するまでには至っていない。しかし、平成27年から開始された医療事故調査制度においても遺族への事故原因の説明が求められているように、近時、遺族に対する説明の重要性は強く認識されつつある。通常の医療においても、死因や最期の状況を近親者に丁寧に説明することによって、その患者に対する医療は完結するといえる。医療提供者としては、前述の各種指針等を参照し、十分な説明と適切な記録の開示を通じて、家族の死を理解し受容しようとする、遺族の思いに応えるよう努めることが肝要である。

文献

1) 劔持淳子:医師の顛末報告義務.判例タイムズ1304号35頁,2009年.
2) 服部篤美:死に至る経過及び原因を説明する義務-遺族と医療機関との法的関係序論として(湯沢雍彦・宇都木伸編:『人の法と医の倫理』唄孝一先生賀寿、信山社、399頁以下、2004年).
3)伊澤純:患者の遺族に対する医師の説明義務(岩田太編・著『患者の権利と医療の安全』、ミネルヴァ書房 243頁以下、2011年.)

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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