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医の倫理の基礎知識 2018年版
【遺伝子をめぐる課題】E-2.DNA鑑定とDTC遺伝子検査

福嶋 義光(信州大学名誉教授)


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 個人を同定したり、血縁関係を確定したりするためのDNA検査をDNAプロファイリング、またはDNA鑑定と呼ぶ。ゲノム上に存在する縦列反復配列はマイクロサテライトと呼ばれ、ある特定の場所で、2~5塩基を1単位として1回から数十回の間で反復して存在している。DNA鑑定は、通常、13~15座位のマイクロサテライト多型を決定することにより行われる。異なる2名がこの十数個の座位のすべてで同じ多型を有することは一卵性双生児を除けば、ほとんどあり得ないことから、個人識別が可能となる。サンプルとしては、血液、血痕、唾液、体液、骨、歯、爪、毛髪、その他の組織などが利用される。犯罪捜査に関係する個人識別、親子鑑定、血縁鑑定、性別判定、人獣鑑別、一卵性双胎か二卵性双胎かを鑑別する卵性診断などが可能となる。

 DTCとは"direct to consumer"つまり、消費者に医療機関を介さず直接販売する、という意味である。DNAは、頬粘膜、唾液、爪、毛髪などにも含まれているため、採血などの医療行為を伴わず検体採取できることから、このような事業形態が技術的に可能となった。

 平成28年度厚生労働行政推進調査事業補助金厚生労働科学特別研究事業「遺伝学的検査の市場化に伴う国民の健康・安全確保への課題抽出と法規制へ向けた遺伝医療政策学的研究」班の調査によれば、2017年1月時点で、DTC遺伝子関連検査を実施している事業者は697機関存在していた。これらの遺伝子検査ビジネスで提供されている検査は、病気のなりやすさ(生活習慣病の易罹患性)や体質(肥満、薄毛、美肌など)など、健康・容姿に関わるものに留まらず、個人の能力(知能、文系・理系、音感)、性格(外向的、内向的)、進路(音楽、美術、運動適性)などの非医療分野にまで広がっている。しかし、そのほとんどは有用性についての科学的根拠が欠如しており、精度管理、検査前後の遺伝カウンセリング体制、結果報告後のフォローアップ体制、個人遺伝情報保護の体制などが不十分であった。このような検査が何ら規制を受けず蔓延している状態は決して好ましいものではなく、日本人類遺伝学会では、2010年に「一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」1)を公表し、注意を促している。また、日本医師会でも2016年に発行した「かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査、遺伝学的検査Q&A」2)で、Q14として「DTC遺伝子検査の留意点は何でしょうか?」を記載している。

 以前は法医学的検査として司法の場で行われていたDNA親子鑑定が、インターネットを介して、安価で容易に受検できるDTC遺伝子検査として提供されている。郵送検体の検査が可能となったことで、本人の同意なくDNA親子鑑定を提供する会社も現れるなど、いつでも誰でもDNA親子鑑定結果を入手できる状況にある。さらに、母体血を用いた出生前DNA親子鑑定を実施している企業も確認されている。出生前に行われるDNA親子鑑定は、その後の妊娠継続の判断に用いられることが想定され、人工妊娠中絶につながり得る検査であることを考えると、医療における遺伝学的検査のあり方に準じた取り組みが必要であり、早急に法的規制を含めた体制整備が求められる。

文献

1) 日本人類遺伝学会:一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解.2010.
http://jshg.jp/wp-content/uploads/2017/08/Statement_101029_DTC-2.pdf
2) 日本医師会:かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査,遺伝学的検査Q&A.2016.
/dl-med/teireikaiken/20160323_6.pdf

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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