医学生×農業
同世代のリアリティー
農業に携わる 編(前編)
今回のテーマは「農業に携わる」
皆さんが普段食べている農産物は、農業に携わる人たちが作ったものです。皆さんは、農業についてどのくらいイメージできますか?今回は、同世代で農業に携わる社会人にお話を伺いました。
農業に携わるようになったきっかけ
中島(以下、中):お二人はどんなお仕事をしているんですか?
川名(以下、川):私は東京でトマトの水耕栽培を行っています。実家は農家ではありませんが、知り合いの農家の方に従業員として雇ってもらい、農業を始めました。
大森(以下、大):僕は農業団体の職員です。今は、農家の方の資産管理や土地の有効活用を支援する仕事をしています。
千田(以下、千):なぜ、農業に携わる道を選んだのですか?
川:農学部を卒業した後、初めは農産物の流通関係の会社に入社しました。そこでトマトを担当することになり、研修として1年間、地方の農家で働きました。それがきっかけで農業の面白さを知りましたし、高齢化が進む業界だからこそ、国の支援もあり、新しく始めることにチャンスを感じたんです。
大:僕は、大学で農学を学んでから農業が大好きで、新しく農業を始めたい人を支援する仕事をしたいと思い、農業団体に就職しました。残念ながらその部署には配属されませんでしたが、土日にプライベートで新規で農業を始めた人のお手伝いに行ったりしています。
川:学生の皆さんは、農業団体って何をやっているところかイメージできますか?
伊藤(以下、伊):うーん…野菜を売っている、直売所のイメージでしょうか。
大:それも正解ですね。
川:例えば、農業団体は私たち農家が作った農産物を一括で買い上げて、スーパーなどの販売店に卸してくれます。最近ではインターネットなどで、農業団体を介さずに直販の形を取る人も増えていますが、その場合、相当な量の梱包・発送を自分でしなければならないので、とても大変です。ですから、ほとんどの農家が農業団体を通して販売を行っています。
千:農業団体には、他にはどのような仕事があるのですか?
大:川名さんが言ったような販売事業の他に、農家の方が使う資材を共同購入する事業や、農家の方に生活物資や石油・ガスなどを提供する事業などがあります。都会では想像しにくいかもしれませんが、地方の農村には商店などがない場合も多いので、農家の方の暮らし全般を支えているのが農業団体なんです。農業のインフラを支える役割を農業団体が担っているとも言えますね。
ご縁がないと始められない?新規参入の難しさ
中:新規で農業を始める方はどのぐらいいるんですか?
大:かなり少ないですね。農地や機械類を買うための初期投資には莫大な資金が必要だということもあり、ほとんどの農家は代々続く家族経営です。
川:農家に生まれるか農家の人と結婚するのが、農家になる一般的な道です。既に農業を始めている私でさえ、「農業をやりたいなら早く農家に嫁ぎなよ」と言われることがあるくらいです。それ以外は、私のように従業員を雇っている農家の方に出会うなどといったご縁がないと、新規で始めるのは難しいですね。
千:今の話を聞いて、新規で農業を始めるのと、医師の開業は似ているなと感じました。開業医になるには、患者さんを確保し、ある程度の施設や医療機器を揃える必要があるので、親が開業医の人がなることが多いです。これから人口が減っていくことも考えると、新規参入は今よりも難しくなるんじゃないかと思います。
大:確かにそういうところは似ているかもしれませんね。ただ、医師は人気の職業だけど、農業は人気がないのがつらいところです。僕たちの団体でも農業体験などのイベントを行っていますが、来てくれる人はだいたい小さい子どものいるファミリー層で、社会科見学程度に留まっている印象です。そういう場に積極的に訪れて、農業をやりたいと思ってくれるような若い人は、ほとんどいないんですよね。農家を継ぐ人も減っているので、今では農家の平均年齢は70代とも言われています。僕としては、何とかして農業を憧れの職業にしたいですね。
医学生×農業
同世代のリアリティー
農業に携わる 編(後編)
作り方で味が変わる!農家のこだわり
川:私はトマトを作っていますが、甘いトマトを作るには高度な技術が必要なんです。水分率や養液の塩分濃度などによって、味がかなり変わってくるので。でも、だからこそトマトを作るのはすごく面白いです。それぞれの農家の技術に対する考え方や工夫の仕方によって、できる物が全然違うので、芸術作品を作っているみたいなんですよ。
大:それぞれこだわる部分も違って、面白いよね。
中:医師を目指す人も、研究熱心だったりこだわりの強い人が多いので、実は農業に向いているかもしれないですね(笑)。
伊:農産物を育てるノウハウなどは、どのようにして学んでいるのですか?
川:一応、育て方の教科書のようなものはありますが、実際には同じ農産物を育てている農家の方から、見よう見まねで学ぶことが多いです。よく言われるのは、「体で覚えろ」とか「植物の表情を読め」とか(笑)。長年やっている人には感覚でわかるのかもしれないですが、私のように新しく始めた人がすぐに習得するのは難しいと感じます。
千:医師も診療科によっては職人気質で、「背中を見て学べ」という感じのところもあるみたいです。一人前になるのに時間がかかるのも共通していると思いました。
川:今は言語化されていないノウハウを学ぶしかないけれど、これからは、技術をもっとわかりやすく数値化して伝えていったほうが良いと私は思います。というのも、その方が農業への参入障壁が下がるからです。農業という産業の発展を止めないためにも、農家が持っている知識を暗黙の職人技にするのではなく、誰にでもわかる形にしていくのが大事なんじゃないかと思っています。
トライアル・アンド・エラーを繰り返して、より良いものに
伊:お話を聞いていると、農産物の味を良くするために作り方を変えるなど、自分で考えてチャレンジすると、その成果や変化が目に見えるのが、農業の面白いところだなと感じました。
千:医師もトライアル・アンド・エラーを繰り返す仕事だと思いますが、目の前の患者さんに不利益があってはいけないので、かなり慎重さが必要です。その点、農業はチャレンジしやすいところが魅力的ですね。
大:確かに農業は、農産物をより良くするための工夫がしやすいかもしれませんね。たとえ失敗したとしても、自分に返ってくるだけですからね。
川:ただ、農家は医師と違って、自分の作ったものを実際に買ってくれた人がどんな反応をしているかを見ることは、なかなかできません。消費者の顔が見えるような工夫ができれば、よりモチベーションにつながると思います。「あの人に喜んでもらうために、もっと良いものを」という気持ちが生まれますから。
何気なく食べている物が健康に直結している
伊:普段何気なく手にしている農産物ですが、どんな人たちがどんな工夫をして作っているのか、今までなかなか知るチャンスがありませんでした。今日の話を聞いて、スーパーに行けば当たり前にあると思っていた農産物に対する捉え方が変わりました。
大:それは良かったです。食事は毎日必ず摂りますから、少しでも意識して農産物を選ぶようにするだけで、結構人生が変わると僕は思います。また、おいしいものを食べることは、生きる気力にもつながります。「これを食べたいからもうちょっと頑張ろうかな」みたいな。
中:そうですね。「旬の食べ物を食べると元気が出る」と言っていた患者さんもいました。食べ物は健康に欠かせないものですし、農産物や農業について医学生である今から理解を深めて、食の面でも助言ができるような医師になれたらと思います。
川:病院食も、患者さんの生きる気力につながるようなおいしいものになったら良いですね。
大:そうですね。例えば、新鮮な枝豆は塩なしでも本当においしいから、食事制限で塩分を控えなくてはいけない人にも喜んでもらえると思います。病院食は味付けを濃くできない分、新鮮な食材を使うのも一つのアイデアかなと思います。
千:病院と契約する農家がいても面白いですね。病院の敷地内に畑を作って、採れたての農産物を病院食に取り入れたら、良いコラボレーションになるかもしれないですね。
大:病院に畑を作るなら、患者さんに農作業を体験してもらうこともできますね。「園芸療法」というリハビリテーションもありますしね。
川:生活習慣の改善にも役立つと思います。私自身、農業を始めてからとても健康的な生活になりました。朝日と共に起き、日中は体を動かして汗をかくので、夜9時頃には眠くなります。また、屋外での作業は、開放的で前向きな気持ちになるのを助ける効果もあると思います。
大:「食は医なり」っていう言葉もあるくらいだし、これを機に医学生の皆さんにも少しでも農業に興味を持ってもらえたらうれしいですね。ぜひ、まずはベランダ菜園から始めてみてください(笑)。
この内容は、今回参加した社会人のお話に基づくものです。
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