case study①学校に出向いて見守る学校医(前編)

養護教諭と共に子どもたちに深く関わる

松江市立津田小学校では、子どもたちの健康を支えるために、学校医と養護教諭が密に連携をとっています。学校医であり、地域の小児科クリニック「ぽよぽよクリニック」院長の田草雄一先生と、津田小学校の養護教諭の加藤尚子先生・奥田夏実先生にお話を伺いました

島根県松江市

松江市は、かつて松江藩の城下町として栄えた、山陰地方の中核都市。生活利便性や教育・子育てなど、地域の暮らしやすさを貨幣価値に換算した2015年の経済産業省の調査で、松江市は暮らしやすさが全国1位と判定された。

「学校に行く」学校医

田草先生は津田小学校の学校医として、健康診断と健康相談、健康教室などを担当しています。先生のモットーは、師匠と仰ぐ医師の言葉でもある「学校医は学校に行こう」だそうです。

「学校医が学校へ行く機会はあまりなく、普通は年に数回、健診に呼ばれるくらいですよね。それに、健診はどうしても流れ作業になり、子どもたちと十分接することはできません。でも私は、それではもったいないと思うんです。子どもたちにも保護者の方々にも、先生たちにも求められる学校医になるため、私は頻繁に学校に足を運び、自らも楽しみながら学校医を務めています。」

では、田草先生は具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。

一つは、子どもたちと保護者を対象とした個別の健康相談です。田草先生は月に1回学校に出向き、話を聴く場を設けています。

「子どもたちから寄せられる相談内容は、お腹が痛くなってしまう、怪我をしやすい、忘れ物が多いなど、素朴なものがほとんどですが、親にも先生にも相談しにくいようなことを打ち明けられる場になっているようです。一方、保護者の方々からの相談は、夜尿や、爪を噛むなどの癖、身長・体重についての心配などが多いです。それらの中から受診が必要な事例が見つかることも時々あります。」

田草先生はまた、子どもたち向けに「健康教室」の授業もしています。

「喫煙防止教室では先生に協力してもらい、身近な人にたばこを勧められても断るというロールプレイを行ったり、命の授業では、聴診器で互いの心臓の音を聴くワークを行ったりしています。参加型にすることで、みんな興味深く聞いてくれますよ。」

 

(左)参加型の喫煙防止教室。
(右)肺気腫の患者さんの息苦しさを知り、気持ちを考えてみよう!

 

case study①学校に出向いて見守る学校医(後編)

「見守っているよ」と伝える

田草先生は健診においても、診察が流れ作業になってしまわないよう、心がけていることがあると言います。

「健診は授業の合間に行われることもあり、一人あたり30秒から1分程度しか時間をとれません。そこで私は、子どもたちにお題を出すようにしています。お題は、給食で一番好きなものや、将来なりたい職業など様々です。コミュニケーションが目的ですから、答えはなんでもいいんです。

健診は、病気や障害を見つけるための場でもありますが、私は『学校医と先生が、健康面でもあなたを見守っているから安心してね』と伝える場でもあるのではないか、と考えています。年に1回健診でしか会わないような子にも、『何かあったら保健室に来てね』というメッセージを伝えていくことが大切だと思っています。」

養護教諭は学校保健のキーパーソン

保健室にいて、全ての子どもたちの健康を常に見守っている存在が養護教諭です。養護教諭は、子どもたちへの対応の他、健診をセッティングしたり、健診結果を担任の先生を通して保護者に伝えたり、何か異常があれば医師や専門機関につないだりする役割を担っています。

「子どもたちの日頃の姿を見ているからこそ、異変をキャッチでき、学校医の先生やスクールカウンセラーにつなげられる。そんなところが、養護教諭のやりがいだと思っています。」(奥田先生)

「例えば、よく保健室に来る子がいたら、まず担任の先生につなぎ、そこから保護者の方につなぎます。保護者の方が直接保健室に相談に来られることもあります。田草先生は、健康相談の内容などを日頃から共有してくださるので、何かあったときにも各所につなぎやすいと感じます。私たちからの相談にも、いつでも電話やメールで答えてくださり、とても心強いです。」(加藤先生)

「学校保健において、養護教諭の先生はまさにキーパーソンですね。学校医をうまく使っていただきたい立場だと思っています。学校医の方から積極的に学校に関わっていけば、養護教諭の先生もすごく働きやすくなると思いますし、それが子どもたちの健康を支えることにつながっていくと私は信じています。」(田草先生)

 

(左)学校医と養護教諭で児童に向き合う健康相談。
(右)養護教諭の先生方と「ぽよぽよポーズ」で

 

田草先生インタビュー

私はサブスペシャルティとして小児神経分野を学ばせていただき、主に難病や重症心身障害の子どもたちを診ていました。大学の医局に所属して研究も行い、博士号も取得させていただきました。しかし次第に、「研究より、もっと患者さんのそばにいたい」という気持ちが高まり、2002年に開業しました。

学校医を務めるようになったのは、2005年からです。今の学校医活動の礎となっているのは、ちょうど学校医を始めた年に日本外来小児科学会で行われていた「学校医は学校へ行こう」というワークショップです。それを主催されている先生が、学校医の活動の第一に健康相談を掲げていらっしゃり、私もやってみようと、津田小学校での定期健康相談を始めました。

健康相談は、5年間で59件の利用がありました。しかし、利用者のほとんどは保護者の方で、子どもからの相談はわずか1件。このままではいけない、もっと子どもたちにも求められる学校医になろうと思い、新たに子どもたち向けの案内を作りました。そして、対面と手紙の二通りの相談方法を用意したところ、2017 年には件数が1年間で48 件に増え、利用者の8 割を子どもたちが占めるようになりました。

子どもたちの健康意識が高まってきたことを実感した私は、今度は健康教室を開きたいと思いました。担任の先生と校長先生に提案すると、快く受け入れてくださり、それ以来、喫煙防止や生活習慣、命の大切さなど、様々なテーマで教室を開いてきました。現在は市外の学校にも講師として出向いています。他にも、小学1年生の子どもたちに読み語りをするボランティアも年間十数回行っています。

学校医として子どもたちと接することは、自分の天命だと感じます。自分のためではなく人のために尽くしていくことで、自分自身が輝かせてもらっていると思いながら、日々楽しく活動しています。

田草 雄一先生 ぽよぽよクリニック 院長

 

 

 

 

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