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令和8年(2026年)5月20日(水) / 日医ニュース

ステップを合わせるように♪

 週末、私はサルサに身を投じる。華やかなラテン音楽に身を委ねながら、ふと気付くことがある。このダンスフロアと、私の診察室は、驚くほどよく似ている。サルサはペアダンスだ。リードする側は、相手の技術レベルやその日のコンディション、好みのスタイルを瞬時に読み取り、次の一歩を選ぶ。
 初心者には基本のリズムを慈しむように伝え、上級者には複雑なリードで共に高みを目指す。交わすのは言葉ではない。手のひらから伝わる微かな圧力と重心の移動が、二人の対話となる。そうして呼吸が重なった瞬間、踊りは別次元へと跳ね上がる。踊り終えた相手の顔にふっと笑みが広がり、「楽しかった」と言ってもらえる。あの瞬間の喜びは格別だ。
 日々の診察も、本質は同じであると感じる。患者が求めているのは、病名の告知や処方箋(せん)だけではない。不安を抱える人、痛みに疲れ果てた人、あるいは、ただ誰かに話を聞いてほしい人。問診の言葉の端々、表情の陰り、そして沈黙の重さ、それらを五感で受け止め、こちらのアプローチを繊細に変えていく。数値やデータだけでは見えない「その人」に手が届いた時、診察はようやく一つの形としてかみ合う。
 帰り際に「先生に相談して良かった」と振り返る患者の横顔は、ダンスフロアで見たあの笑顔と、鮮やかに重なって見える。医療もダンスも、相手の鼓動を感じ取る技術。私は今日も、誰かの人生に寄り添うためのステップを、丁寧に踏み続ける。

(巌)

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