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令和7年(2025年)2月20日(木) / 南から北から / 日医ニュース

私の癒やし

 このタイトルを聞いて真っ先に思い出したのが、3匹の飼い犬である。1匹目はトイプードルの雌である。中1の娘が飼いたがって、おてんばのテンと名付けた。色はアプリコットと言うらしいが、白っぽい茶色である。生後3カ月の頃、村山富市元首相を彷彿(ほうふつ)とさせる白い眉毛様(よう)の毛が生えていた。ペットショップでつまらなそうにしているのを抱っこした途端、短い尻尾をちぎれんばかりに振った。似合わない眉毛のせいか、いわゆる「ブサかわ犬」であったが、後にこの子は美しく成長して、井上家の犬軍団の女王として君臨する。
 2匹目もトイプードルの雄で、レッドと呼ばれる色だが、濃い茶色である。顔の毛のフサフサがライオンのようであったため、レオと名付けた。当時小4の息子が、テンが姉ばかりに懐くのを大いに嘆いた時、私が「自分の犬を飼って可愛がればいい」と口走ったのが実現してしまった。レオはテンの後を付いて回り、2匹で冒険していた。レオが悪さをすると、テンの教育的指導が入った。
 3匹目はクリーム色のスタンダードプードルの雄、ノアである。トイプードルの原型の大型犬である。何の気なしにスタンダードプードルの子犬の写真に「愛くるしい」と書いて夫にメールした。大型犬を飼うことは、夫の長年の夢であった。
 当時夫は50歳の大台に乗り、体力が要る大型犬を飼うのは、これが最後のチャンスと思った。コロナで、元気だった方が亡くなっていくのを目の当たりにして、人生のはかなさが身に染みていた。1週間後、何かに突き動かされるように、夫は徳島県のブリーダーに行き、当の子犬を車に乗せて帰ってきた。男の子同士で気が合うのか、ノアはレオの良い遊び相手になった。ひっくり返って、お互いを甘嚙みしたり、追い掛けっこをしたり、2匹が遊ぶ様子は家族に癒やしをもたらす。
 先住犬のテンは一番小さいが、女王である。外の異変を察知してワンと一声鳴くと、家来どもがワンワンワンと、庭にすっ飛んでいく。テンはリビングで優雅にくつろぎながら報告を待つ体である。テンが来るとソファの最上の場所をあっさりと明け渡す。犬達がトリミングエリアに入らず苦労した時、トリマーさんがテンを抱っこして、奥に入っていくと、レオもノアも後からすっすっと付いて行く。
 仕事から帰ってくると、レオが弾丸のように一目散に走ってくる。続いてノアが、大きな体で尻尾をゆさゆさと振りながら走り来て、可愛がって下さいと、ぴしっとお座りする。テン女王も、お尻ごと尻尾を振って、喜色満面でやってくる。
 たとえ私が一文無しになっても、世界中の人から嫌われても、犬達はこうやって出迎えてくれるのだろう、そんな考えが頭の中に差し込んできた。同時に、オックスフォードに留学していた時、ホームレスの人達が皆、大型犬を伴っていることを思い出した。餌代も大変だろうに、どうして連れているのかと訝(いぶか)しく思っていたが、犬達が飼い主にくれる最も大きな贈り物は、自己肯定感と思った。多分それは、生きる意味になり得る程の、ここにいてもいいという強烈なメッセージなのかも知れない。

山梨県 山梨県医師会報 NO.644より

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