ヘルスケアデータのデジタル化は日本以外でも世界中の多くの国々で取り組まれています。
ではなぜヘルスケアデータの電子化を行う必要があるのでしょうか。本邦において電子化・デジタル化はオンライン資格確認の取り組みが進められています。これは保険資格の確認や投薬情報、健診情報の共有化などを目的としています。一方、個別の医療機関が電子化を進める目的としては、入力する際に時間が短縮できる、書かれた内容を探す時に時間が節約できるなど、業務効率の点から行われている面もあります。
しかしながら、デジタル化の本質的な目標は、今までの紙カルテではできなかった広範囲な情報の短時間での収集、迅速な統計データの作成、その統計結果を基にした疾患への対応方法や治療法の改善、公衆衛生分野へデータをフィードバックすることによる厚生行政の効率的な変革などと考えます。
すなわち、医療情報のデジタル化の目標は、保険資格確認などの事務的な効率化や地域での患者情報の共有化、入力作業や検索作業の効率化を端緒とし、最終的にはヘルスデータの収集とその結果として患者と地域の健康に関するアウトカムの向上を図ることにあると思います。財政当局はこれらの結果によって、医療費や介護費などの政府支出の削減なども目的としているでしょう。
ヘルスケアデータのデジタル化が進むと、PHR(Personal Health Record:自分自身で自分の医療情報を保有し管理すること)の構築も同時に達成できます。PHRが普及すると、自分自身の医療情報や健康情報を確認することが容易になるので、全ての国民が健康意識を高めることも期待できます。
PHRで管理するデータには医療機関から発生する情報(カルテやレセプトから発生するデータ)と、それ以外の情報(個人が入力する健康情報、個人用のデバイスで取得される生体データ)の2種類がありますが、この2種類の情報をどのように管理統合し、アウトカムの向上に結び付けていくかが今後の課題です。
長期の視点を持った制度設計を
HIMSS(Healthcare Information and Management System Society)という団体がアメリカにあり、年に一回の医療情報に関する学会を主宰しています。同団体はヘルスケアシステムを情報技術で進化させることも目指しています。この目的に沿って、各国や各地域の医療情報システムの評価も行っています。
HIMSSが発表している世界各国のEHR(Electronic Health Record:医療情報共有ネットワーク)やPHRを俯瞰(ふかん)して見ると、日本の医療情報の利活用は独特な面があるようです。いかに優れた技術、手法であっても、国内のみでの最適化を進めれば、結果的に世界に取り残されるかも知れません。ある分野で基準となるような成功事例が出現した時は、それに学び、倣い、連携や互換性を模索してくという柔軟性も求められます。
更に、紙カルテを前提とした情報をデジタル化することが情報化の目的ではなく、長期的な目標に基づいたデータセットの構築が必要です。ヘルスケアインフォメーションシステムを構築するには多額の投資が必要となってきます。この投資は個々の医療機関が行えることではなく、国家規模で実施する事業です。この投資を怠ると、日本の医療情報システムは発展途上国のようになるかも知れません。将来の日本人のために、長期の視点をもった制度設計が必要です。
(日医総研副所長 原祐一)