日本医師会CBRNE(テロ災害)研修会が4月4日、東京オリンピック・パラリンピックの開催を間近に控え、テロ災害時の医療対策に関する理解を深めることを目的として、日医会館大講堂で開催された。 当日は、ロニット・カッツスタンフォード大学教授の基調講演と6題の講演の後、日本の現状等について活発な討論が行われた。 |
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石川広己常任理事の司会で開会。冒頭のあいさつで横倉義武会長は、「世界各国でテロ災害が発生しているが、わが国もテロリズムとは決して無縁ではない」と強調。万が一テロ災害が発生した場合には、一般の医師や医療機関も対応しなければならないことから、「被害を最小限に抑えるためにも、平時から専門機関と地域の医師会・医療機関との連携が不可欠である」として、協力を呼び掛けた。
基調講演「Overview and Medical Response to CBRNE」
ロニット・カッツスタンフォード大学教授は、CBRNE災害の概要と医療対応について講演。冒頭、アメリカにおけるCBRNE/テロ対策への緊急対応例(アーバンシールド)について、さまざまな場面を想定した訓練風景の映像を用いて紹介した後、(1)テロ災害の脅威と潜在的手段(化学/生物/放射性物質/核/爆発物)の特性、(2)発生の認識と対応におけるファースト・リスポンダー(一次対応者)と医療提供者の役割の重要性、(3)対応計画における重要な局面の概要―等について説明した。
(1)では、テロ災害における類型を示すとともに、その特性や対応の方針を解説。特に生物学的製剤については、①人から人への拡散や伝播が容易②死亡率が高く公衆衛生上の影響が甚大③一般市民のパニックと社会的混乱―等の重要な特質があるとして、その対応を詳説した。
(2)では、バイオテロが起きた際の一次対応者としてプライマリケア担当者や病院の救急スタッフ等を挙げた上で、①強い警戒心の維持が必要となる②未知の物質を扱うことが多い③感染力のある患者に暴露する可能性―等の特徴や注意点について説明した。
(3)では、対応計画の立案・準備について「準備の失敗は、失敗のための準備」と述べ、十分に練って練習した計画の重要性を強調した。
また、CBRNE演習の教訓として、四つの"C"(Command:指揮、Control:統制、Communication:コミュニケーション、Coordination:調整)を挙げ、それぞれの内容を説明した。
その上で同氏は、「災害対応はプランどおりにはいかないが、準備なしには失敗するだけ」として、改めて十分な準備を求めた。
講演1「総論」
山口芳裕杏林大学医学部救急医学教室主任教授/高度救急センター長は、テロ災害の現況について概説。近年は、小規模なテロが増えているとした上で、爆発物を使用したテロの割合が高いと述べた。
また、テロは有事とは異なるとし、「わが国は海外と事情が異なり、テロ災害の対処は民間が負う事案である」と強調。現場では教科書的な対応とは異なる対応を迫られる可能性を指摘し、その対応のポイントとして、①初動においては不用意に現場には入らない②現場管理においては「災害の常識」にこだわらない③病院の入口では来院者の中に犯人がいる可能性を考える―の3点を挙げ、注意を喚起した。
講演2「化学」
箱崎幸也NBCR対策推進機構特別顧問は、①神経剤②びらん剤③窒息剤④血液剤⑤無障害化学剤―等を用いた化学剤テロへの最新の対応等について言及。実際の事案を基に特徴の説明を行い、最新のツールを使用して原因を特定するための方法等を紹介した。
同氏は、「日常臨床において"何か変?"と思った場合は、特殊災害(化学・生物剤/放射線関連)の可能性も念頭に置きながら診療を実施していく必要がある」と述べ、初動対処には消防等、関係機関との協働が重要とした。
講演3「生物」
加來浩器防衛医科大学校防衛医学研究センター教授は、バイオテロについて解説した。
バイオテロは、砲弾、ロケットの弾頭のような明示的(Overt)なものと水道、飲食物の汚染のような秘匿的(Covert)なものに分けられ、医療現場においては後者における院内感染の発生が最も恐れるべき事態であると強調。
有事の対策としては、標準予防策に加えて経験的予防策が必要になると説明するとともに、秘匿的攻撃を疑わせる徴候を例示した。
その上で同氏は、「アウトブレイク探知には各種サーベイランスの活用とともにICT活動の経験を生かした危機管理対応のできる人材の活用が重要である」との考えを示した。
講演4「放射性物質・核」
明石真言量子科学技術研究開発機構執行役/放射線緊急時支援センター長は、放射線被ばくに関する基礎知識及び汚染患者への対応について講演。被ばく医療の原則として、放射線被ばくで即死等は起こらないことから、「生命に関わる外傷・熱傷、疾病等の治療を優先すべき」と述べた。
また、患者処置については、①現地で脱衣②患者安定化第一③汚染が不明の場合は汚染と考える④容体安定後の汚染調査⑤救急車及び救急隊員の汚染検査―等のポイントを挙げ、これまでの研究結果から、「体内に線源が留置された患者の搬送は可能である」と述べた。
講演5「爆発物」
齋藤大蔵防衛医科大学校防衛医学研究センター教授は、主に爆傷について説明。爆傷は、「衝撃波損傷、鋭的損傷、鈍的損傷等が複合した多発外傷である」と述べ、米国における標準的な対応であるTCCC(戦術的戦傷救護)を紹介した。
同氏はまた、負傷部位に応じた対応の仕方や救護のアルゴリズムを説明した上で、「医師として、止血手技に習熟する必要がある」との見解を示すとともに、テロ災害に当たっては、多職種連携によりオールジャパンの体制で対応する必要性を指摘した。
講演6「現場の対応」
井上忠雄NBCR対策推進機構理事長は、地下鉄サリン事件等の経験から得た教訓等について講演。テロ災害発生時には、「知識がなければ何もできない」として、①基礎知識②防護機・資材の充実③現場管理―等の重要性を強調した。
また、神経剤やCBRNE災害における現場の対応にも言及し、「初動対処」「気象・地形の影響の把握」「現場における連携」等をポイントとして挙げ、解説を行った。
指定発言・パネルディスカッション
秋冨慎司防衛医科大学校准教授は、指定発言において、「東京オリンピック・パラリンピック等を控えた中で"医療従事者には関係がない"では済まされない」と述べた上で、現場におけるツールの使い方等を説明した。
引き続き行われたパネルディスカッションでは、国による対応のあり方や現時点で対応が不足している点等について積極的な発言が行われた。
最後に、中川俊男副会長が総括し、研修会は終了となった。
当日は、医師会関係者を始め、内閣官房、防衛省、海上保安庁等の国の機関に加え、都道府県庁、オリンピック・パラリンピック組織委員会等、多数の関係機関からの参画があり、参加者は、テレビ会議での参加も含めて218名であった。