京都大学吉田寮の寮祭名物企画「ヒッチレース」の記事を読み、ヒッチハイクをしていた学生時代の記憶がよみがえりました。目隠しをされて見知らぬ土地に降ろされ、そこからヒッチハイクで寮への帰還を目指す―なかなか馬鹿なことを本気でやっている。そう感じると同時に「若さと馬鹿さは紙一重だな」と、どこか懐かしい気持ちになりました。もっとも、その言葉は、まず自分自身に向けるべきものです。
実は私自身、45年前、56日掛けてヒッチハイクで日本一周をしました。所持金は6万円。スケッチブックと寝袋だけを持ち、道路脇で親指を立て続けました。乗せてくれた車はおよそ600台。地元の方に食事をごちそうになり、漁港では作業を終えた方に声を掛けられ、倉庫の片隅に寝袋を敷かせてもらったこともありました。寝床は毎日違いました。無人駅のベンチ、地方大学の学生寮、公園の片隅。海水浴場では更衣室を借りて一夜を過ごしたこともあります。今なら眉をひそめられるかもしれませんが、当時はどこかおおらかな時代でした。予定もゴールも決めていなかったのに、不思議と怖さは感じませんでした。若さと馬鹿さの勢いが、不安を押し流していたのだと思います。
あれから月日が流れ、私は開業医になりました。今では、親指を立てる場面といえば、せいぜいタクシーを止める時くらいになりました。リスクを避け、効率を重んじる日々の中で、あの頃の無茶は遠い過去になりました。
それでも、吉田寮のヒッチレースの記事を読んで、心の奥に残っていた風の匂いが少しだけ戻ってきました。若さは時に馬鹿さを伴う。けれど、その馬鹿さが人を信じる力になり、人生のどこかで支えになることもある。そう思える年齢になったのだと感じています。



