小生は脳神経外科医の端くれである。従って手術も行う。予定手術当日の行動は、下着は○○色をはく、靴は左から履く、通勤の道順は決めたとおり、出勤したらコーヒーを淹れて飲む、それからオペ患を回診(午前7時前)、忙しかろうがなかろうがまた部屋に戻る、ため息をつく(深呼吸と言っておいた方が良いか)、手術用の眼鏡やシューズを用意する(前日から用意しているのだが)、階段を利用して手術室に行く、更衣室ロッカーはお決まりの3カ所のどれか(当院は個人ロッカーを持てないのでやむを得ず3カ所)、着替えてからも帽子、マスク、シューズカバーの付け方、スクラブの仕方などなど際限なく続いていく。
自分でもうんざりなくらいなので、くだらないとお怒りを買いそうであるが、少なくとも既述の項目に決して例外は許されず、必ず実行するのである。
これを院内の誰にも気取られずに実行しなければならない苦労がある。豪放磊落(ごうほうらいらく)がモットーの九州男児として、神経質で気の小さな男と周囲に思われることは何よりも屈辱なのだ。自分でもあまりにも異常ではないかと悩んでいるがやめられない。しかし緊急手術の時は、靴くらいは習慣で左から履いているかと思うが、一切の決まりごと無く手術室に入っても全く平気だから不思議である。
以前、イチロー選手や五郎丸選手などトップアスリートの「ルーティーン」がはやった。大切な場面で、彼らの独特なしぐさの後に結果を残すのである。自分も流行に乗って、数々の奇行を「ルーティーン」と呼んでみた。家内にも「小心」ではなく「ルーティーン」であると胸を張っておいた。
しかし、ちょっと違うようだ。「ルーティーン」とは、ウォーミングアップに近い動作の繰り返しによってコンディションを確認しながら集中力を高めていく行動であり、そしていつも同じ動作を行うことにより緊張を緩和するものらしいが、それによって成績が向上するなどの量的効果との相関は証明されていないらしい。自分に当てはめると、これらの行動はウォーミングアップとは言えず、集中力は高まるような気がするが、緊張はより高まる印象がある。
家内に言わせれば、「験を担ぐ」行為らしい。それは、古来より日本人は言霊(ことだま)を信じ、吉兆の言葉を大切に凶兆の言葉を避ける。また、縁起を担いで過去にうまくいった体験と行動をすり合わせたものという意味である。「かつ丼を食べて試合に勝つ」「左足からバッターボックスに入ったらホームランを打てた。それ以来そのように打席に立つことにした」などである。
自分も1990年に医師になり、数々の成功体験を行為にすり合わせて、がんじがらめになった自分が愚かしくも愛おしく思われる。「験を担ぐ」イコール「良い結果を願う行為や行動」なのである。それほど我々外科医は、手術を大切に思って生きてきたのである。これからも数々の「験担ぎ」とともに安全な手術をしていきたい。
(一部省略)
愛知県 愛知医報 第2156号より