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令和4年(2022年)1月20日(木) / 南から北から / 日医ニュース

小野忠弘先生の授業

 私の出身地は三国町(現坂井市三国町)です。高校も地元の三国高校を卒業しました。
 当時三国高校には、国際的に有名な方が高校の先生として勤務していました。美術の小野忠弘先生です。先生は青森県弘前市の出身で、東京美術学校(現在の東京芸術大学)を卒業されました。何かの縁で30代初めに三国に来られ、三国高校の美術教師になられたようです。
 先生は国際的に高い評価を受けており、『LIFE』誌が選んだ「ジャンクアート世界の7人」という特集があった時に、その中の一人に選ばれています。世界的な美術展に何度も出品し、いずれも高い評価を受けました。「ジャンクアート」というのは廃材等を使う前衛芸術で、絵画のような彫刻のような作品です。
 なぜそんな有名な先生が三国に住み続け、しかも高校の美術教師を長年されていたのか「謎」とされています。美術教師をしながら、驚くほどたくさんの作品を制作されました。三国町には先生の自宅兼アトリエだった所に「ONOメモリアル」という記念館が建っていて、代表作などが飾ってあります。当時私達生徒は、世界的に有名な芸術家の先生らしいと聞いていましたが、詳しいことは知りませんでした。
 高校での美術の授業は、高1の時の1年間だけでした。小野先生の授業は、みんなが課題の絵を描いたりしている時に、いろいろな話をユーモアたっぷりに話してくれるというもので、毎回笑いが絶えず、とても楽しいものでした。
 教室で一度だけですが、授業中に先生が自分の作品を作っているのを見たことがありました。大きな粘土の塊を持ってきて人間の耳のような形を作っていましたが、すごい目をして大変な迫力と勢いで作っていくので、みんなあっけにとられました。
 いつも笑ってばかりの楽しい授業でしたが、絵の描き方を1回だけ授業で教えてもらったことがありました。ある時、先生が学校の給食室にある大きなアルミのヤカン(昔昼食の時間にみんなが飲むお茶が入っている大きなヤカン)を持ってきました。先生は「今日はこれを描いてみよう」と言いました。
 みんながヤカンを描いていると、先生は生徒が描いている絵を見ながら教室の中を歩いていましたが、突然「ヤカンを描くのに何で黄色ばかりで塗るんだ」と大きな声で怒りました。「みんな目を細めてヤカンをよく見てみろ。輪郭もぼやけてにじんでいるし、緑や灰色やいろんな色が見えるはずだ。黄色ばかり塗っていてはヤカンにならない」と言い出しました。先生は前の方にいた生徒の絵を「貸してみろ」と言って黒板に貼り、筆に緑色の絵の具といくつかの色を混ぜていきなりヤカンの輪郭の辺りをサアーと塗っていきました。筆から緑色の絵の具がいっぱい垂れてきました。みんながびっくりして思わず「わー」とか「ひどい」と声を出すと、「どこがひどいんだ」「ひどくなんかない」と大きな声で怒るのでみんな笑ってしまいました。「周りの背景と輪郭はにじむし、影になった所はいろんな色が見えるんだ」「目を細くして見るんだ、背景と重なり、影がある」と言われ、説明を加えながら何回か手を加えていきました。ほんの4~5回ぐらい手を入れただけですが、「ほー」と思うような存在感が出てきました。先生の迫力に押され、先生が解説をしながら描くところを見て、みんな何となく雰囲気をつかんだような気がしました。
 時間が足りなくなり、絵は家で仕上げてくることになりました。私が家で絵を仕上げて乾かしておいたら、通り掛かった兄がちらりとその絵を見て「これは本当におまえが描いたのか?」「これは良い」とびっくりしたように言いました。
 先生がコツを話しながら絵を描くところを見せたためか、それとも先生の熱気が伝わったのか、みんなが提出した作品はそれぞれ雰囲気のある絵で、生徒同士が見ても良いなと思う作品でした。この人はこんな絵を描くのか、絵は良いものだと思いました。先生は何点か生徒の作品を提示しながら、「今回はみんなとても良い作品だった」「君達は不思議な少年だ。普段はそうでもないのに、なぜかヤカンを描かすと良い作品を描く。人は分からないものだ」、そして「君達はヤカンと相性が良いことが分かった」と何のことか分からないことを言いました。
 その後、高校1年以来絵を描こうと思うことはありませんでした。これまで残念ながら趣味らしいものもなく年齢を重ねてしまいましたが、最近になり、YouTubeで水彩画講座があるのを知りました。楽しそうなので、絵の具を買ってきて始めてみることにしました。風景画はまだ無理なので、果物や野菜を描いています。高校時の小野先生の美術の授業を思い出しながら、これからの趣味にちょうど良いかなと思って続けています。

(一部省略)

福井県 福井県医師会だより 第718号より

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