昨秋の在南米被爆者健康相談の帰途に貴重な経験をした話です。
南米各地での健診・相談を終え、ブラジル・クリチバから乗り継ぎ、20時間後に成田に向けてダラスから飛び立ちました。大役を済ませた安堵(あんど)と多少の疲れから、映画を見ながら眠りかけた時、画面に"ドクターコール"が流れているのです。
離れた座席にいた仲間のT先生もそれに気付き、顔を見合わせると二人とも深く考えもせずに立ち上がっていました。それを目ざとく見つけたCA(キャビンアテンダント)が即座に駆け寄り、「Are you a doctor?」。南米滞在中にも何度も問われたフレーズで、反射的に「Yes」と答えたのです。
驚くことに、CAはこの返事だけで医師と断定し、二人を急病人の元へ連れて行こうとするのです。
旅客機内、それも米国籍での医療支援は初めてで、病状は分からず、会話も不安で、断る材料になるかと「病人やCAに日本語は通じるのか?」と聞くと、「大丈夫、病人は日本人で、日本語が分かるCAがいる」。これで退路は断たれてしまいました。
機内後方に行くと、通路に倒れていた急病人は意識がもうろう、返答はなく、脈も極めて弱い。単独旅行らしく、何も情報がない。
訓練されたCAは聴診器、血圧計を手早く渡してくれるが、飛行機の騒音で全く聴診はできず、下肢を挙上しながら救急薬を問うと、すぐにメディカルキットのリストが手渡され、見ると病院の救急カートと同じように豊富。
「機内で救急薬を使うには知識と勇気がいるが」と尋ねると、CAは「分からない時には地上医師が指示します」。
とりあえず血管確保のために点滴を開始し、医師が交代で観察することにしました。徐々に意識が回復し、迷走神経反射だったのだろう、重篤でなくて我々にとっても本当に良かったと胸をなで下ろしました。
この体験には追加があります。回復の兆候が見えた頃、CAから依頼「機長が今ならハワイに着陸することができるが、どうするか決めてください」。このような判断も求められるのかと医師の責務を改めて痛感しました。
点滴が終わりかけた時、CAから身元の確認を求められて渡した名刺のアドレスに、後日、航空会社medical directerからお礼のあいさつとともに2万5000マイルのプレゼントが届きました。
そのメールには「わが社の飛行機に乗られた時には歓迎する」と記されており、さすが米国と思ったが、医師として登録されてしまったのかも知れません。頂いたマイルは機会がなく使用しておらず、期限切れになりそうです。
(一部省略)
広島県 広島県医師会速報 第2410号より