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令和5年(2023年)12月5日(火) / 南から北から / 日医ニュース

将棋は勝っても負けても面白い

 私は小さい頃に父親に将棋を教えてもらい、小学校の高学年までは同級生とも指していた。中学生になってからは、修学旅行などで指すことはあったが、次第に縁が薄くなっていった。それ以降は、たまにNHKの将棋番組を視聴する程度であった。
 しかし、30代に入って、将棋との縁が復活することになった。それは、父親からのある電話の一言が発端だった。「実家の近くに、将棋教室がオープンした」と言うのである。私は頭の中でとっさに、「しめた」と思った。仕事以外の何かに没頭することが、気分転換になると思ったからである。
 初めて教室の門をたたいた時は、少々緊張したが、丸顔の中年男性が快く迎え入れてくれた。この方は将棋道場の席主(せきしゅ)であり、彼が後に私の将棋の師匠になることなど、この時は想像だにしなかった。オープン当初は人もほとんどおらず、席主にほぼマンツーマンで教えを乞うことができた。初めは全然歯が立たなかったが、もう少しで勝てそうというところまで、次第に腕が上がっていった。しかし、ボコボコにされて興味を失わせないように、手を抜いて下さった上での良い勝負であったと、今では振り返ることができている。
 休みの日に時間を見付けながら、私は将棋の勉強に一生懸命取り組むようになった。すると、教室に通い始めて半年過ぎる頃には、対戦後の棋譜をスムーズに再現することができるようになっていた。これは、有段者の証しだそうだ。その後も私は精進し、「三段の免状」を頂くまでそのスキルを向上させた。調子が良い時は、教室を代表して、団体戦の「大将」に指名されたこともあった。大会の時は、実力不足と重責に押し潰されそうになったが、県内の強豪の方々と切磋琢磨(せっさたくま)できた経験は、今では自分の中での貴重な財産となっている。
 個人戦では、小学生と対戦することもあるのだが、小学生は負けそうになると泣きそうな顔になる子もいた。初めはわざと負けようかとも思ったが、これは未来のある小学生にとっては逆効果だと思い直し、それからは全力で指すと心に決めた。大会では、一生懸命に将棋を指している70代とおぼしき翁(おきな)の姿を時に見掛けることもある。小学生相手に負けた時はとても悔しそうに嘆く翁もおり、「年を重ねても勝負への執着心が若さを保つ秘訣なのだな」と感じた。大会での優勝経験は無いが、何度か2位と3位にはなったことがある。これは、オジさんになってからの私の成功体験の一つである。
 将棋を指していると、集中力が鍛えられるし、頭の回転も速くなる。対局中は相手の手を読む時には前頭葉を、盤面を見回し、目など知覚をフル回転させている時は後頭葉を働かせている。また、過去の一手一手を振り返る場面では、記憶に関係している側頭葉が刺激される。
 脳全体では、一手一手を予測して論理的に考えている時は左脳が活躍し、漠然とした全体的な戦況を想像しながら考えている時は右脳が活躍する。このように脳機能が同時に複数活性化されるから、継続して将棋に取り組めば、認知症の予防にも効果があると言われている。藤井聡太先生や羽生善治先生をテレビで拝見していると、聡明で凛々(りり)しく感じられる。
 私が師匠から学んだことは、礼儀に従いながら将棋を楽しむという心構えと、勝ち負けにこだわり過ぎず一つのことを追求していくという姿である。そして、将棋を通じて多くの人との出会いの場を作って頂いたことに、心から感謝している。
 将棋は日本の伝統文化の一つである。将棋に触れ、楽しむことで、日本人としてのアイデンティティーを高めることができる。勝った時はその喜びを味わい、負けた時は反省から次の対局のための創意工夫をすることで、向上心を持つことができる。換言すれば、「将棋は勝っても負けても面白い」ということである。
 最近は診療が忙しくなり、将棋教室からは足が遠のいているが、中断することなく生涯続けていきたいと思っている。

広島県 広島県医師会速報 第2554号より

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