医師への軌跡
患者さんの傍で、苦しみに寄り添える医師であり続けたい
菅野 武
ヒーローではなく医師として
2011年、米国TIME誌が選ぶ世界で最も影響力のある100人に、一人の若き日本人内科医が選ばれた。彼の名は菅野武。菅野先生は東日本大震災当日、約15メートルの津波で孤立した公立志津川病院(宮城県南三陸町)で、最後の一人が救出されるまで医師として寄り添い続けた。「あのときは本当に何もできず、ただ患者さんの傍にいるしかなかった。僕はヒーローではなく、ただの町医者だけれど、患者さんのために何ができるか常に考えていた。それが評価されたのかな、と思います。」
祖母の死から医師を志す
高校3年生のとき、大好きな祖母が亡くなった。何もできない自分への無力感と怒りから、患者さんの苦しみに寄り添える医師になろうと決めた。自治医科大学で学び、卒後3年目から地域医療の現場に飛び込んだ。
「正しい診断をつけることも重要だけれど、それに加えて『この患者さんに今求められていることは何か』ということを意識して診療していました。小さな病院だから、自分の決定ひとつがその患者さんの命に直結するんです。一人で診療にあたらなければならないという孤独感や不安ももちろんあったけれど、『人の命に責任をもつ』という大きなことを学べました。」
上手に人を頼るスキル
一人で解決できないことの重さを知れば知るほど、上手に人を頼ることの重要性を感じた。地域医療においては、看護師はもちろん、開業医や保健師とも信頼関係を築くことが重要だ。菅野先生は地域医師会の主催する勉強会などにも参加し、地域の人と積極的に関わってきた。震災時も、そうして築いてきた信頼関係が大きな意味をもった。
「医者は、一人で患者さんに医療を『与えている』わけではありません。他職種や地域の人など周りの協力があってはじめて、患者さんが抱えている問題を解決していくことができると感じます。」
『どこ』よりも『何』が大事
地域で働くことに対しては、都市部で研修するより症例も少ないし、充分勉強できないのではないかという不安もあるだろう。しかし「地域に出たから勉強できないという感覚は間違いです。」と菅野先生は断言する。「どこにいるかじゃなく、何をするかが大事なんです。」
何のために勉強をしたいのか、何のために医師を目指したのか、そのために何をしたいのか、もう一度考え直してみるといいかもしれない。菅野先生の答えは明快だ。「これからも、患者さんの傍で、苦しみを和らげ寄り添っていきたい。」
前:公立志津川病院医師
現:東北大学大学院/丸森町国民健康保険丸森病院
2005年、自治医科大学卒業。宮城県内の病院勤務を経て、2009年より公立志津川病院に赴任し、2011年の震災に遭う。被災後も南三陸町にて医療活動を続けた後、2011年初夏より東北大学大学院に進学。現在は地域での臨床、大学院での研究のかたわら、講演活動も行っている。
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