グローバルに活躍する若手医師たち

日本医師会の若手医師支援

JMA-JDNとは

Junior Doctors Network(JDN)は、2011年4月の世界医師会(WMA)理事会で若手医師の国際的組織として承認されました。JDNは、世界中の若手医師が情報や経験を共有し、未来の医療を考えて行動するための画期的なプラットフォームです。日本医師会(JMA)は2012年10月に国際保健検討委員会の下にJMA-JDNを立ち上げました。これまで若手医師の集まりは学会や医局、地域、NGOなどの枠組みの中でつくられてきました。JMA-JDNは、多様な若手医師がそれらの枠組みを超えて、公衆衛生や医療分野において自由に自分たちのアイデアを議論し行動できる場を提供したいと考えています。関心のある方は検索サイトやFacebookで「JMA-JDN」と検索してみて下さい。

今回は、WMAモスクワ総会に参加したJMA-JDNの3名の先生方から感想を寄せてもらいました。


世代ごとの強みを活かして医療を支える

JMA-JDN 代表 阿部 計大

研修医生活は大変であると先輩方から聞いたことがあるのではないでしょうか。実はそう感じているのは日本人だけではなく、世界中の若手医師が共通して持っている感覚です。研修は医師のトレーニングのために必要ではありますが、問題視されているのは、度を越した理不尽な研修や労働環境によって研修を中断してしまう若手医師がいることです。例えば、ペルーの若手医師は1年間のへき地医療への従事が義務づけられています。その際、二次医療機関まで徒歩で10時間以上かかったり、上級医に相談する体制がなかったり、診察器具もなかったり、住民から暴行を受けたりと過酷な状況に置かれている若手医師もいるそうです。また、韓国の研修医の平均労働時間は週約120時間に及ぶと報告されていたり、最近では英国の研修医が労働条件をめぐってストライキを起こしたりもしており、研修医の労働問題は、世界中の若手医師が直面している切実な問題となっています。

JDNではこの世界中の若手医師の共通の問題意識をもとに議論を重ねてきました。そして、2015年10月14~17日にモスクワで開かれたWMA総会にPhysicians Well-Being(医師の安寧)に関する声明案を提出し採択されました。この声明は医師や医学生自身も医療の対象となる一人の人間であるという医療の根幹を照らすような声明となっています。そして、医師や医学生の健康改善が患者に良い影響を与えるという考え方を大切にしていきましょうというメッセージが込められています。

この声明の内容自体も有意義なことなのですが、若手が発言しにくい雰囲気のある医療界において、若手の問題意識が原点となった声明案がWMAで採択されたことは非常に画期的な出来事だと感じています。私は若手とベテランなどとむやみに世代を分けることが良いとは思いませんが、これまでこういった議論の場に若い世代の関与が少なかったのは事実だと思います。近年WMAやWHOにはJDNや国際医学生連盟(IFMSA)の代表が毎回参加して、共に様々なトピックの議論をするようになってきています。もちろん若手医師や医学生にとって大切な勉強や研修が優先されるべきで、参加する余裕がなかったり、興味が持てなかったり、経験や知識が浅く到底議論に加われないこともあるかもしれません。しかし、今回のように若手医師だからこそ気づく問題があったり、上の世代とは異なる価値観で議論に加わることができたり、ITや他分野とのコラボレーション等、若い世代が得意と思われることを活かせる可能性があります。そして、参加した若手医師や医学生の視座を高め、若手を育成することにもつながると思いました。

日本でもJMA-JDNやIFMSA-Japanのように若手が集う場が整いつつありますし、少しずつ若い世代が議論に加われる素地ができてきているように感じます。近い将来、世代ごとの強みを活かして医療を支えるような時代が来るかもしれません。

阿部 計大
手稲渓仁会病院で研修後、東京大学大学院公衆衛生学博士課程に在学中。家庭医療専門医。認定内科医。産業医。

 

グローバルに活躍する若手医師たち

医学という言語で

JMA-JDN運営委員 来住 知美

「言語は単なるツールでしかない」とは外国語学習でよく言われることです。医学もまた、ひとつの言語かもしれません。大学で人体に関するありとあらゆる専門用語と病態生理を学び社会に出ると、医学という言語を操って様々な人の健康に携わることになります。読者のみなさんにとって、医学とはなんでしょう?医学という言語を使い、何を学び、何を伝え、何ができるでしょうか?私にとって医学という言語は、多様な人と出会うためのツールです。私がJDNに関わったのも、世界の医師と出会ってみたい、というシンプルな動機からでした。JDNには様々な問題に興味を持つ若手医師が集まっています。2015年10月にはWMAモスクワ総会に出席する機会を得たので、そのことを少し紹介します。

話は脇道に逸れますが、実はロシアを訪ねるのには少し抵抗がありました。というのも私の祖父がシベリア抑留兵だったからです。満州で暮らしていた祖父母一家は、終戦後離散しました。数年後に引き揚げ兵として帰国する祖父に舞鶴港で再会するまで、祖母はつらい時間を過ごしたといいます。私は祖母にとっては今も「敵国」である国に出かけてよいのかわかりませんでした。

しかし私はモスクワに飛び、迷いを吹き飛ばすことができました。今回のWMAで最も印象的だったのは、5年間若手医師が取り組んできたPhysicians Well-Beingに関する声明案がついに決議されたことです。若手医師の過労や孤立(相談者の不在)は深刻な問題です。例えば卒後1年間、僻地医療従事が義務付けられているペルーのある地域では、孤独な研修医の自殺や失踪、文化の相違による村人からの暴力行為などが問題になっています。他国でも、医療者への暴力、経済危機に伴う失業などの報告があり、研修過程にある若手医師だからこそ行える政策提言があることを実感しました。本会議ではこの他に、トランスジェンダーの健康、核兵器廃絶、難民のヘルスケアなど、幅広い国際情勢に関する声明が目の前で議論されました。さらに若手対象の講義では、ミレニアム開発目標(MDGs)に代わる持続可能な開発目標(SDGs)が取り上げられ、理解を深めました。雪のちらつくモスクワで、プーチン大統領の心温まるエピソードに驚きながらボルシチを食べ、世界中から集まった若手医師の仲間とともに過ごした1週間で、私はすっかりロシアのファンになってしまいました。

ロシアに実際に足を運び、医学という言語をもってその国での物語を共有し、私は自分の心にある国境を越えられたのでしょう。この経験を基に、グローバルな視野を持ちながら、目の前の診療に真摯に携わっていきたいです。みなさんは、医学という言語で、どんな未来を広げようとしているのでしょうか?

来住 知美
洛和会音羽病院で臨床研修後、大阪市立総合医療センター感染症内科に勤務。家庭医療専門医。認定内科医。

世界の若手と共に学ぶこと~若手の成長の場を目指して~

JMA-JDN 副代表 WMA JDN Membership Director 三島 千明

p>JDNは2010年にWMAに承認された若手医師による国際的ネットワークです。日本では専門科を超えた若手が共に学び合うことを目的としてJMA-JDNを2012年に設立し、JDNの加盟国として活動をしています。年々と活動の内容が進化しており、WMAモスクワ総会ではPhysicians Well-Being に関する声明案の採択など、JDNの活動が発展していることを強く感じる機会となりました。

このJDN会議では、声明案の採択以外にも様々な活動を行います。その1つは、参加国を代表する若手医師等によるプレゼンテーションです。ここでは、各国の医療状況、若手医師の置かれている環境や課題について発表されます。日本を含め、計17か国のJDNが参加しており、発表後に全体でディスカッションを行います。様々な国の状況を一気にインプットし、議論が白熱するこの時間はとてもエキサイティングです。今回、日本からもJDNの活動報告を行い、立ち上げからの活動の継続性、発展に対して評価いただき、参加している若手医師らからの投票によるベストプレゼンテーション賞に選ばれました。また、JDNでは加盟国同士の留学制度の構築についてプロジェクトチームが立ち上がっていることも共有されました。日本も含めた議論が少しずつ進んでおり、近い将来、このJDNのネットワークが、日本の若手医師が海外で学ぶ際の選択肢の一つになるかもしれません。この他にも、日本と韓国の若手医師で、日韓交流企画を計画するなど実際に交流を深めており、アジア間の若手医師の協働という長期的なビジョンを持って、取り組んでいます。

このように、JDN会議は世界の若手医師が集まり、政策提言の議論、また各国の医療状況を学び、交流できる機会です。昨今はインターネットが普及し、デジタルな情報が氾濫するなかで、目の前の情報をどう解釈し、自分がどう考えるか、が問われることが増えているように思います。JDNの活動は、自分がどう考えるかを自らに問いかけ、外部に発信することで成長できる場の1つではないかと思います。

私自身、海外の若手医師との継続した活動に対し非常にやりがいを感じており、今回のモスクワ総会で、JDNの国際役員に立候補させていただきました。日本と、世界の若手医師をつなぐネットワークの構築に今後も関わり、より多くの日本の若手医師の方に関わっていただけるような活動にすること、そして日本と世界の医療を共に学び、成長する場になることを目指していきたいと思います。

三島 千明
島根大学医学部附属病院で臨床研修修了。医療法人北海道家庭医療学センターで後期研修修了。

 

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