医師への軌跡
地域医療を支える、ジェネラリストの専門性とは何か
草場 鉄周
ジェネラリストの専門性
――地域医療は、内科や外科などの診療科の専門性を究めて開業した医師たちと、草場先生のようなジェネラリストたち双方によって支えられています。総合診療医としてキャリアを積んでこられた先生が考える、地域 医療の中で発揮される総合診療医の役割とはどのようなものでしょうか。
草場(以下、草): 地域で仕事を始めるとき、私たちはまずその地域で開業している先生方の実践をじっくり観察します。地域を観察すると、その地域のプライマリ・ケア資源の中で、充足されている部分と欠けている部分が必ず見えます。そこで、自分が貢献できるところを探すんです。私が所属する地域医師会の中でも、多くの開業医の先生方が地域医療に携わっていらっしゃいます。例えばそこに24時間体制で在宅医療を提供する仕組みがなければ、私たちが在宅医療の領域に手を伸ばします。産科医が足りていなければ、産科の開業医と協力して、がん検診や健康な妊婦さんの健診業務を受け持つ。そうやって地域の開業医や病院と密接に協力しながら、地域の医療を補完していきます。私たちはプライマリ・ケアの専門家ですが、自分たちだけで地域のプライマリ・ケア全てをカバーしようとしているわけではありません。その地域を観察し、プライマリ・ケアが十全に行き届くように補うのが私たちの役割。ですから、総合診療医のあり方は、その地域によって違います。自由自在に、地域の状況に応じて自分たちのやることを変えられることも、強みだと思っています。
――ときに、「広く浅く何でも診る」というのは、専門性がないということなのではないかと誤解されることもあるのではないでしょうか。
草:診療科の基本領域の多くは、臓器や疾患で区切られていて、専門性が目に見えやすいですが、私たちの専門性はそういう風に領域を切り取るものではないことをまず理解してほしいですね。例えば、一般的には内科の先生のもとに骨折した患者さんが来たら、「整形外科に行ってください」ということになるでしょう。しかし私たちは、どんな患者さんが来ても、「うちでは診られません」と断ることはありません。まずは診て、話を聞いて、自分が継続的に診られるかを判断する。診られるならそのまま診ますし、専門の医師につないだ方がよさそうであれば、適切な医療機関に紹介します。どんな領域についても、最初の判断は責任を持って受け持つことや、継続的な関わりが、私たちの専門性なんです。
一人の医師の献身ではなく
――総合診療や地域医療に興味を持っているという医学生は少なくないと思います。しかし、地域医療の担い手というと、一生その地域に住み、骨身を惜しまず地域に貢献する…というイメージがあります。特に都市部の出身者にとって、地域で開業して、ずっとそこで生活していくことは、ハードルが高く感じられるのではないでしょうか。
草:確かに今までの地域医療は、献身的な開業医の先生方によって支えられてきたという側面があります。休みなく朝から晩まで働き、夜間対応もして…という、いわゆる「赤ひげ先生」のようなイメージです。
しかし価値観が多様化している現代、医師もQOLを重視するという考え方は、昔よりずっと当たり前になってきています。私は、地域医療に関心を持った若手医師たちが、地域医療に参画するための障壁をできるだけ低くしたいと思っています。
例えば、地域医療に携わる医師は、必ずしも一生一つの地域に留まらなくてもいいと考えています。僻地の診療所で10年働いて、後継者も育ってきたとする。そうしたら、その地域を離れても構わないと思うんです。そこで培った知見をもって、他の地域の医療に携わってもいいし、大学で地域医療を教えてもいい。留学したっていいんです。多様なキャリアの選択肢を提示することが、都市部でも、地域でも、継続的に地域医療を提供できる体制づくりにつながるのではないかと思っています。
――一人の医師の献身に頼るのではなく、多くの医師が力を合わせることで地域医療を成り立たせようという考え方ですね。
草:そうですね。例えば、北海道家庭医療学センターでは、グループ診療を行っています。一つのクリニックを一人で担当するのではなく、複数の医師で仕事を分担するんです。医師が複数いれば、24時間対応の体制も無理なく整備できます。だから一人の負担が大きく、休みがとれないなんてことはなく、長期休暇をとって旅行に行くことも可能です。実際に、子育てや介護でフルタイムでは働けない医師にも、少しずつでも働いてもらうことができています。
グループ診療のような、働き方の多様性に耐えられる仕組みがあれば、提供する医療の質を落とすことなく医師のQOLを保つことができる。地域医療は一人で背負い込まなくてもできるんだという認識をもっと広めて、より多くの医師に興味を持ってもらうことが、地域医療の質の底上げにつながるんじゃないかな、と考えています。
北海道家庭医療学センター 理事長
1999 年京都大学医学部卒業。日鋼記念病院にて研修後、北海道家庭医療学センター・家庭医療学専門コース修了。2003 年より北海道家庭医療学センターに勤務。2008 年よりセンター理事長、本輪西ファミリークリニック院長に就任。その傍ら、日本プライマリ・ケア連合学会副理事長も務める。
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