10号-11号 連載企画
医療情報サービス事業“Minds”の取り組み(前編)(1)
EBMと診療ガイドライン
このように、多くの疾患には、様々な治療の選択肢があります。そんな複数の選択肢から、医師と患者は治療法を意思決定しなければなりません。その根拠の一つとなるのが診療ガイドライン(以下、ガイドライン)です。
今回は、日本で公開されたたくさんのガイドラインから、信頼できるガイドラインを収集して掲載し、医療関係者や一般の人向けにWEBページで公開する医療情報サービス事業Mindsを運営している、日本医療機能評価機構特命理事の山口直人先生、同機構EBM医療情報部部長の吉田雅博先生にお話を伺いました。
EBMの実践と診療ガイドライン
――そもそもガイドラインとはどのようなものなのでしょうか。
山口(以下、山):みなさんの多くは、EBM(Evidence Based Medicine)という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。最新の臨床研究の成果を最大限に活かし、科学的な根拠に基づいた治療を行おうという考え方です。
ガイドラインは、EBMを実践するために、医学の分野で行われている幅広い研究の成果をまとめたものです。ある疾患に対して、AとBという2つの治療があったとします。その疾患の患者さんの治療を選択するとき、一つの判断基準となるのは臨床研究の成果でしょう。しかし、世界中では、毎年2万件もの臨床研究の論文が発表されます。その全てに目を通し、またその信頼性を判断することは、なかなか医師の仕事をしながらできることではありませんよね。だから、学会などが疾患・症状について、多数の臨床研究に基づいた診療を行えるようにガイドラインを作っているのです。
――様々な研究の成果がまとめられているのがガイドラインなのですね。
吉田(以下、吉):はい。そしてガイドラインにおいては、「益と害のバランス」を評価することが重視されています。医師はみな患者さんをよくしたいという思いがありますから、どうしても治療の良い面に目が向きがちです。けれど、治療の結果現れるのは必ずしも良いアウトカム(結果)だけではなく、悪いアウトカムもあります。どんなに大きな「益」が得られる治療でも、悪いアウトカム、すなわち「害」が大きいなら採用するべきではないですね。ある治療に対してどんなアウトカムがあるのかを総合的に明らかにし、その治療のポジティブな面もネガティブな面も平等に扱うことが、ガイドラインの特長なのです。
URL:http://minds.jcqhc.or.jp/
10号-11号 連載企画
医療情報サービス事業“Minds”の取り組み(前編)(2)
診療ガイドラインを用いるにあたって
――実際の臨床の場面では、ガイドラインをどのように使って治療法を選択していけばよいのでしょうか。
山:患者さんが治療に何を望んでいるのか、医師がきちんと聞き取ったうえでガイドラインを参照することが必要ですね。冒頭の事例も、もし若い人なら「自分はまだ若いから、抗がん剤治療に加えて手術も受けて、長生きできる可能性に賭けたい」というかもしれません。けれど80歳の人だと、もう辛い思いはしたくない、放射線治療と抗がん剤治療を選んで少しでも長く家にいられるようにしたいというかもしれません。益と害のバランスを考えつつ、医師の持っている情報と患者さんの希望をすり合わせながら意思決定を行っていくことが大切です。
――ガイドラインは、患者さん自身の意思決定にも深く関わってくるんですね。
山:そうですね。ガイドラインというものが普及した一つの背景には、1970年代にアメリカで起こった消費者運動に始まる、治療における意思決定に患者さんを参加させようという流れがあったんです。患者さんの置かれている社会的状況や患者さんの希望を医師が聞き出し、協働して意思決定をすることは、最終的なアウトカムへの患者さんの納得度を上げると言われています。医療の質を向上させるという観点からも、ガイドラインは重要な存在なのです。
――ガイドラインの活用において、気をつけるべき点はありますか?
山:ひとつは、ガイドラインはあくまである一点における意思決定の材料だということです。ガイドラインは、平均的な状況ではこの疾病にはこの治療がふさわしいという推奨を出しているだけですから、実際にガイドライン通りの患者さんがいるとは考えない方がよいと思います。患者さんに合併症があればまた別のガイドラインを参照しなければなりませんし、年齢や社会的背景、先ほど話に挙がった患者さんの希望等も十分に考慮する必要があります。そういう意味ではガイドラインとは、こうすればこうなる、と決まっているレールのようなツールでは決してなく、ある程度幅のある道のようなものだと言えると思います。
吉:さらに言えば、ガイドラインを十分に活用するためには、医師はいつも知識や技術を向上させていないといけないということも意識してほしいですね。たとえば、ガイドライン上の治療を実行するために最新の技術が必要になることもあるでしょう。ガイドラインさえあれば治療に困らないなどということは決してありませんから、常に医師としてスキルアップできるよう、みなさんにはぜひ努力してほしいと思います。
(右)山口 直人先生 日本医療機能評価機構特命理事
「様々な局面で利用できる診療ガイドラインの存在を学生のうちから意識して欲しいですね。」(山口先生)
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- 同世代のリアリティー:宗教者(僧侶) 編
- チーム医療のパートナー:歯科医師
- チーム医療のパートナー:歯科衛生士
- 10号-11号 連載企画 医療情報サービス事業“Minds”の取り組み(前編)
- 地域医療ルポ:兵庫県赤穂郡上郡町|大岩診療所 大岩 香苗先生
- 10年目のカルテ:神経内科 中嶋 秀樹医師
- 10年目のカルテ:神経内科 木下 香織医師
- 10年目のカルテ:神経内科 島田 斉医師
- 医師の働き方を考える:全ての医師が働き続けられる仕組みを作る
- 医学教育の展望:日本独自のエビデンスを作れる医師を育てる
- 大学紹介:筑波大学
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