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令和5年(2023年)10月20日(金) / 南から北から / 日医ニュース

安納芋

 趣味は何ですかと聞かれたら野菜作りですと答えている。数年前、雑草だらけのわが家の庭を、一時函館に赴任していた娘夫婦に任せたのがきっかけだ。何を思ったのか野菜を作り始めた。土を耕し苗を植えただけのためか、収穫は散々であった。しかし、そばで見ていた私がはまった。
 近々非常勤に変わり時間的に余裕ができる頃、それは女房殿と接する時間が長くなることを意味する。家でゴロゴロするのは超危険であることぐらいは鈍感な私でも予見できた。野菜畑、これ良いかも。時間は潰せるし、うまくいけばおいしい野菜もゲット。早速10坪ばかりの庭を剣先スコップで全て掘り起こし、野菜畑に大変身。ネットとYouTubeを頼りに、最後は農家の患者様に指導を仰ぐ。ここの苗が良いとの評判を耳にするとその店に買いにいき、この肥料が効果的と聞くと即ゲット。当初はお金に物を言わせ、いろいろ手を出した。失敗も数々あったが最近ではベテランの域に入ったと自負している。
 夏になると畑の近くを歩く人の半分以上(と私は思っている)はわが家の野菜畑に目を留める。人によっては足を止め、自慢の黒光りしたナスをシゲシゲと観察していく。それを自宅の窓からコッソリ眺めている私はヤッターと心の中で叫ぶ。もちろん、収穫は近所のマダム達にお裾分け。私の評判はうなぎ登り? 野菜作りの動機はいささか不純ではあるが、子どもの頃から褒められて伸びるタイプの私。何たって女房殿との時間共有問題をクリアできたことが心を軽くする。野菜作りは良いことずくめである。
 今から2年前の令和3年5月末、女房殿となじみの園芸店に行くと見慣れぬ苗。売れ残りのようで店の隅っこで数鉢ひっそり放置されている。見ると「安納芋(あんのういも)」と書かれている。何か分からず店員さんに質問、サツマイモと判明。店員さんさすがにプロ。女房殿にチラッと目をやり最後に一言、「甘くておいしいですよ」。そばで聞いていた女房殿チョット反応。この苗売れ残ったら捨てられるのかなと、私はいささか心配になる。「ダメ元でやってみたら」といつもながら?の女房殿いや女神様の優しい一言。やはり女性はサツマイモに弱いようである。とりあえず良さそうな苗を1鉢ゲットする。
 ジャガイモは種芋から作ることは北海道人なら常識である。しかしサツマイモは違う。20~30センチまで伸びた茎を、先端部を少し残し土に植える。そこに芋ができるのだ。この時に初めて知る。痩せた土地でも問題なし、むしろ痩せた土地を好むらしい。なるほど鹿児島の火山灰の土地でもよく採れると昔学校で習った。追肥も要らず、水やり不要。マルチ(黒いビニールシート)を敷いた土に植えるだけで放置、夏場の長期不在でも問題なし。
 その年の秋、収穫の頃。甥っ子の子ども達を呼んで芋掘り会。どんなものができているやら。北海道のサツマイモなんてどうせ......と女房殿は全く興味なし。掘ってみると予想以上の大豊作。半分以上を甥っ子に引き取ってもらい、残りは玄関に置きっぱなし。2~3日後、甥っ子から「甘くておいしい」とのお礼のメールが届くが、どうせお世辞でしょうと鼻をくくる女房殿。
 収穫後2週間して、帰宅すると女房殿いきなり「失敗した!」。何のことか分からず事情を聞くと、サツマイモが予想以上にうまいというより絶品とのこと。甥っ子に押し付けたサツマイモを悔やんでいる。自我自賛になるが確かに甘くてうまい、その上しっとりしている。スーパーで買ってもなかなかこれほどの芋にめぐり合えない。焼き芋、天ぷら、鉄板焼きの付け合わせと、残りを大切に食べたのだが、その度に女房殿の後悔の言葉を聞かされる。
 昨年春、園芸店へ行く。前年に比べ安納芋の苗の売れ行きが好調のようで、早めに買いに出掛けたにもかかわらず残りわずかであった。危なかった。どうも函館の市民にもサツマイモ作りが広がりつつあるようだ。3鉢をゲット、これもまた大豊作かつ美味。甥っ子達にはそれなりに分け、わが家で心置きなく堪能したのは言うまでもない。
 サツマイモ栽培は難しくない。日当たりの良い空き地さえあれば初心者でも簡単だ。そのためか太平洋戦争中、食料増産が叫ばれた時には、一般市民にサツマイモ・カボチャ作りが推奨された。待てよ、何か似てないか。食料自給率38パーセントの今の日本、実態は食糧難。きな臭い昨今になり急に食料安全保障と言い出す。グローバル経済などと叫び、金に飽かせて全世界から安い農産物を輸入すれば済むと言っていたのは何だったのか。自分達の食料は自分達でなるべく賄うのが至極当然と思うのだが。
 今年も楽しみで安納芋を植える。上の都合で花畑を野菜畑に変えられる、生きているうちにそんな時代が再び来ることだけは嫌だ。

北海道 北海道医報 第1255号より

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