白クマ
日医白クマ通信 No.1602
2012年10月3日(水)


医療政策会議
「市場主義経済学がもたらした日本の経済政策失敗について講演」

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 第2回医療政策会議が9月26日、日医会館で開催された。

 冒頭、横倉義武会長が、「今、日本は隣国との問題を抱えており、ある新聞では日本の経済力の停滞が国土の安全を脅かしているとの論調も見られる。私どもは国民の健康を守る団体として、今日学ぶことを生かして、国民の健康を守るための事業をしていきたい」と述べた。

 当日は、佐伯啓思京都大学大学院人間・環境学研究科教授より、「停滞する日本;なぜ失敗したのか」と題する講演、及び質疑応答が行われた。

 佐伯氏は、まず、近年の経済学の動きについて「80年代頃からアメリカにおいて、経済学を数学で表現してしまえば個人のイデオロギーが入る余地がなくなり、科学的になるとの考え方が中心となった。その結果、市場競争を万能とする市場原理主義が“科学”と見なされ、唯一の“正しい”経済学とされていった」と説明。レーガン大統領の下、経済の再生のために徹底した市場競争が行われ、その頃、自動車や半導体など製造業で優位となった日本に圧力を掛けるべく、1989年から「日米構造協議」(SII:Structural Impediments Initiative)がもたれたとし、「直訳すると、構造的な障害についてのイニシアティブということで、アメリカが主導権をもって日本政府を動かし、日本政府が民間の経済構造を変えるという意味合いだが、“日米構造協議”という、両者が対等であるかのようなニュアンスの違う言葉に訳された」と解説した。

 この日米構造協議をベースに、「構造改革」が謳われるようになり、バブル崩壊後の経済悪化も相まって構造改革が経済の回復に必須であるとされ、市場競争と規制緩和へ一気に傾いたと強調。そのような中、構造改革推進論者は、供給側の規制を排除することで、消費者の欲しい物が生産され、経済が成長するという考え方に立っていたが、構造改革が正しければ経済は成長しているはずだとし、「根本的な考え方が間違っている。問題は需要側にあり、日本やアメリカ、ヨーロッパなど先進国では、生産能力をどれだけ伸ばしても物が余ってしまう。構造改革をやればやるほど、ますますデフレ経済になってしまうというのが真相だ」と述べた。

 市場競争によって利益率が下がると、利益を確保するために労働市場に競争原理が導入され、結果として、日本型経営システムが崩壊し、賃金が下がり、非正規雇用が増えるなど、そのしわ寄せは労働者が受けていると指摘。更に、教育や医療など、これまで市場競争にさらされていないものを市場化しようとする動きがあることを挙げ、「これらは人間の生活、地域に密着している。市場経済は効率性が基準であっても、社会生活は安定性を基準にしなければならず、そこまで競争原理あるいは効率性の原理を持ち込んではいけない」との見解を示した。

 TPPに関しては、「非常に危険なもの。日米で加盟国の90%ほどのGDPを占めるので、事実上、日本とアメリカの問題だが、オバマ大統領はアメリカ経済の再生は輸出主導だとしており、明らかに日本市場を狙っている」と指摘。TPPで問題となるのは、まだ市場化されていない社会生活に関わる分野であることから、警戒すべきだとした。

 同氏は、「これからの時代は世界全体が成長出来ず、パイの奪い合いになる。本来は、競争ではなく、共生・共存の時代だが、競争のメカニズムが残っている中で、資源と食糧を持っている国が有利になる。資源大国に左右される日本は非常に不利であり、TPPやグローバリズムと距離を置き、少しずつ自給率を高め、エネルギーの問題などを考えていくべきだ」との考えを述べ、効率性を第一とするアメリカの価値観が内包された市場経済主義を疑い、どういう社会を目指すのかを議論していく必要があるとした。

◆問い合わせ先:日本医師会総合医療政策課 TEL:03-3946-2121(代)


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