日医ニュース
日医ニュース目次 第1224号(平成24年9月5日)

今村副会長に聞く
医療機関が抱える消費税負担問題の解決に全力で取り組む

 日本の医療界にとって長年の懸案事項であった,控除対象外消費税問題の解決に向けた議論が,ようやく,厚生労働省で開始された.今号では,この問題に重点的に取り組んできた今村聡副会長に,これまでの経緯や現状,今後の展望について語ってもらった.

今村副会長に聞く/医療機関が抱える消費税負担問題の解決に全力で取り組む(写真) 医療機関の消費税負担問題はとても複雑で分かりにくいテーマであり,私自身も唐澤執行部の常任理事として,税制を担当するまでは,その影響の大きさを,必ずしも十分に認識していたとは言えなかったと思います.しかし,日医総研などから出てくるデータをチェックしていくうちに,この問題が日本の医療に及ぼす影響の大きさを改めて認識させられました.
 それでは,ここで会員の先生方にもこの問題に対する理解を深めていただくため,なぜ控除対象外消費税が発生するのか,年間の売り上げが十億円の医療機関を例に,改めて説明してみたいと思います(図1)

図1 医療機関の控除対象外消費税 設例

 売り上げのうち,社会保険診療分が九億円,自由診療分が一億円あったとすると,自由診療分は課税されますので,医療機関は一億円の五%に当たる五百万円の消費税を,窓口負担分として,患者さんから頂くことになります.一方で,仕入れに四億円かかっていたとすると,二千万円は消費税分として,業者に支払うことになります.
 売り上げが全て課税取引であれば,この二千万円は全額控除(仕入額控除)出来ますが,この医療機関の場合,課税売上(ここでは,自由診療)が売り上げ全体の一割なので,仕入れにかかった消費税の一割分,二百万円しか控除出来ません.そのため,医療機関は,患者さんから五百万円しか頂いていないのに,仕入業者に支払う二千万円に加えて,税務署に三百万円(患者さんから頂いた消費税五百万円から二百万円を控除した額)支払っていることになり,差し引き千八百万円は医療機関自身で負担していることになります.
 このように医療機関が控除出来ずに自分のところで負担している消費税のことを,控除対象外消費税と呼んでいるのです.

医療機関の消費税負担は限界に

 この控除対象外消費税に対して,国は,消費税導入時(平成元年)と税率が五%に引き上げられた際(平成九年)の二度にわたって,診療報酬に上乗せする形で補てんを行いました(補てんの仕方については,日医のホームページあるいは近日作成予定のパンフレットをご覧下さい).
 ところが,特に本体部分についての上乗せ分が十分でなかったため,控除対象外消費税と診療報酬上の上乗せ分に乖離(かいり)が生じ,いわゆる損税が生まれています.
 それでは,実際に医療機関はどれくらいの負担を強いられているのでしょうか.
 日医の調査によると,社会保険診療等収益の二・二%に相当する控除対象外消費税が発生しており,病院,有床診療所,無床診療所で,その割合に有意な差は認められないことが明らかとなっています(図2)

図2 社会保険診療等収益に占める控除対象外消費税の負担割合
 ―病院・診療所別―

 また,その割合を,私立医科大学病院,国立病院機構,全国厚生農業協同組合連合会別に見てみても,それぞれ二・六%,二・五%,二・二%といずれも二%を上回っており,一病院当たりの控除対象外消費税の額は,それぞれ三億九千二百万円,一億二千八百万円,一億二千五百万円と多額になっています.
 消費税導入当初は,まだ日本経済も右肩上がりの時代で,診療報酬も改定の度ごとに,わずかずつではありますが引き上げられていたことから,この問題は,それほど大きな問題にはなりませんでした.しかし,近年では国による医療費抑制政策が続き,とりわけ,病床数の多い病院では,年間数億円という消費税負担を強いられています.消費税率が五%の段階でもこれだけの負担をしているのですから,今後,八%,一〇%と消費税率が引き上げられれば,医療機関の経営が成り立たなくなるのは明らかであり,早急に解決しなければならない問題になっています.
 この問題の解決のために議論しようとすると,「社会保険診療を消費税非課税としたのは日医の要望ではなかったのか」と指摘を受けることがあります.
 確かに,当時の執行部が,そのような判断をされたのは間違いないことであり,日医に責任が全くないとは言いませんが,最終的に判断したのは,時の政府です.恐らく政府では,諸外国における消費税(売上税,付加価値税)を調査された方々から,ほとんどの先進国で医療は非課税であることを確認し,日本でもそうあるべきだと考えられたのだと思います.
 そのような状況において,日医が非課税とすることを求めたのは不思議なことではありませんし,その最大の理由が,「患者に新たな負担をかけるような,医療に消費税を課すことはなじまない」という思いからであったということは,ご理解頂きたいと思います.

国民に理解されていない医療機関の消費税負担問題

 それでは,これらの問題を,国民はどのくらい理解しているのでしょうか.
 消費税が導入された際に,非課税となったのは,医療の他に火葬料,埋葬料,学校の授業料,住宅賃貸料などがあります.
 しかし,これらは公定価格でないため,価格設定の際に消費税相当分を上乗せすることが出来ますが,社会保険診療は報酬が公定価格になっており,医療機関の消費税負担分を価格に転嫁することは出来ないということを,ほとんどの国民は知りません.
 また,日医が平成十八年に行った「医療にかかる消費税に関する意識調査」によると,医療機関から処方箋をもらって保険薬局で薬を受け取る際に「消費税が課税されている」と考えている方が非常に多くいました(図3).実際には薬価は非課税でありながら,価格の中に消費税相当分が含まれているのですが,そのことは国民には全く知られていないのです.

図3 医療にかかる消費税に関する意識調査 調査結果

 日医では,税制改正要望等を通じて,この問題の改善を求めるとともに,広く会員の先生方や国民にもその重大さを知ってもらうため,これまでにもいろいろな取り組みを行ってきました.
 例えば,会員の先生方に対しては,五年前に,B5版サイズの『消費税率アップが,私たち医療機関の負担アップにならないために.』という,パンフレットを作成し,全会員にお届けしました.また,本紙第一一七九号(平成二十二年十月二十日号)の一面に“社会保険診療に対する消費税非課税制度についての日医の考え”と題した記事を掲載し,日医の考えを説明させて頂きました.
 他方,国民向けには,昨年の八月,東京の日比谷公会堂で,専門家だけでなく,外部の識者などにも演者として登場して頂き,市民公開セミナー「医療と消費税」を開催しました.
 更には,マスコミの方々の理解を得るため,日刊紙,専門紙誌の記者を集めた記者懇話会を開催し,資料を基に説明する機会を設けた他,与野党問わず,精力的に国会議員にお会いし,この問題の解決を訴えてきました.

分科会の設置は消費税問題の解決に向けた第一歩

 それらの行動の積み重ねが実を結び,本年二月に政府が閣議決定した「社会保障・税一体改革大綱」においては,“医療機関等の消費税負担について,厚生労働省において定期的に検証する場を設けることとする”と明記されるとともに,“消費税率の引き上げに当たり,医療機関等の行う高額の投資に係る消費税の負担に関する措置をはじめとする所要の措置等について検討を行う”とされ,中医協の下に「診療報酬調査専門組織 医療機関等における消費税負担に関する分科会」が設置されることになりました.
 これにより,消費税導入以降,二十年以上一度も検証されてこなかった,医療機関が抱える消費税問題について,ようやく議論が開始されることになり,本分科会の設置は,問題解決に向けた大きな第一歩であると考えています.
 六月二十日に開催された第一回目の議論別記事参照では,現行の医療は非課税と言いながら,診療報酬で手当てする在り様が不透明であるという認識で,診療側・支払側の考えが一致しました.中医協では,これまで診療側と支払側の考えが一致することはほとんどなく,このような場で方向性の一致した議論が出来たことは,大変良かったと考えています.
 また,本分科会では,税制の在り方についても議論出来ることを確認しており,今後はこの問題に関しても精力的に議論していきたいと考えています.

社会保障・税一体改革大綱の中の大きな問題点

 しかし,この大綱の中にもいくつかの問題があります.
 まずは,消費税収入(現行の地方消費税を除く)について,全て社会保障財源化するとされている点です.
 一九九九年度予算から,消費税は高齢者三経費(基礎年金,老人医療,介護)に充てるという福祉目的化が行われましたが,今回の大綱では,高齢者に限定せず,全額を社会保障四経費(年金,医療,介護,少子化対策)に使うことになりました.しかし,今回は“目的税化”とされたため,社会保障財源が消費税だけで賄うことになった場合,社会保障の充実には消費税を上げるしかないという縛りを受けることにならないか,という懸念があります.
 更に,大綱の中には,「今回の改正に当たっては,社会保険診療は,諸外国においても非課税であることや課税化した場合の患者の自己負担の問題等を踏まえ,非課税の取扱いとする」といった文言があります.
 消費税が導入されて二十数年経つのですが,厚労省は,これまで,「控除出来ない消費税は診療報酬に上乗せされているので医療の消費税問題はない」と主張してきたわけで,この文言には,税制による解決は望んでおらず,このまま非課税の取扱いでいきたいとの思いが表れています.
 しかし,諸外国の医療制度は,わが国のそれと異なることはもちろん,医療に消費税をかけない国々では,公的医療機関が多く,消費税負担も含めて総枠予算制で補助される仕組みになっているのです.
 一方,わが国は民間医療機関が多く,それらの方々の努力によって地域医療は支えられているわけですから,今後,その点の理解を求めていかなければなりません.
 その他,もう一つの問題は,「医療機関等の行う高額の投資に係る消費税負担に関し,新たに一定の基準に該当するものに対し区分して手当てを行うことを検討する」とされている点です.
 確かに,病床数が多い大きな病院には,年間数億円といった控除出来ない消費税の負担があります.これを早急に解決することは,これまでも日医が税制要望で強く主張してきたところです.しかし,医療機関は最終消費者でない“中間業者”と位置付けられながらも,ほとんど全ての医療機関が消費税を負担しているのです.ですから,高額投資部分だけの負担解消では根本的な解決にはなりませんし,いわゆる“財政中立”的な思考でプラスマイナスゼロになる危険性もはらんでおり,強くこの点を主張していきたいと思います.

問題解決には医療界が一丸となることが必要

 最後に,今後の展望についてですが,当面は,中医協の下に設置された前述の分科会を主な舞台として,「これまでのように,診療報酬に上乗せする形では,消費税負担を解消することは不可能だ」という合意形成を図っていきたいと考えています.
 この分科会において,現在の方式の問題点を明らかにすることが出来れば,次に,課税の在り方を検討すべく,政府税制調査会等でも議論が開始されることになると思います.
 われわれの最終的な目標は,課税制度に改めることを基本に置きつつ,国民負担の増大を極力避ける観点からゼロ税率に改めることにありますので,その実現のため,日本歯科医師会,日本薬剤師会,四病協(日本病院会,全日本病院協会,日本精神科病院協会,医療法人協会)などと連携を取りながら進めていきたいと考えています.
 また,それと同時に,現状のいわゆる高額投資部分(建物改築・改修費用や高額の医療機器等)の消費税負担分に関して,このまま八%引き上げ時に課税制度に改めることがかなわない場合の解決方法についても検討していく所存です.
 また,この度の消費増税法成立のための三党合意では軽減税率に改められる余地も残されましたが,課税制度に改めるためには,法律の改正が必要になります.消費税率が引き上げられる中で,「これまで非課税だった医療にまで課税する」ということになれば,国民から大きな反発が起きる可能性もあり,余程丁寧に説明していかなければ,医師の利益擁護とも受け取られかねません.国民から大きな反発が起きれば,国会議員も課税制度に改めることに難色を示す可能性もあります.
 そこで,今回,日医では,多数の国会議員に理解してもらうためには,会員の先生方にこの問題に対する理解を再度深めて頂くことが不可欠だと考え,前述のパンフレットの改訂版を作成することを決めました.
 会員の先生方には,ぜひご一読頂き,地元の国会議員への働き掛けへの協力をお願いしたいと思います.
 その他,消費税問題の論議をしていくに当たって,「社会保険診療に対する事業税非課税措置」や「社会保険診療報酬の所得計算の特例措置(いわゆる四段階制)」の存続問題を絡(から)めようとする動きがあることにも注意が必要です.
 社会保険診療に対する事業税非課税措置は,診療報酬が非常に低額に設定されていた時代に,地域の医療機関の医業経営を守るための措置として始まったものですが,ここ数十年の極端な医療費抑制政策の下では一層必要な措置になっています.一方,所得計算の特例措置に関しても,過疎地域などで必死に地域医療を守っている高齢医師などの事務量軽減という制度の本来的主旨に即して活用されるべきものです.これらのことから考えても,この動きは根本的に誤っており,その誤りを強く主張していきたいと思います.
 いずれにしましても,医療機関の消費税負担の問題は,医療関係者が一丸とならなければ,解決しない問題です.われわれ執行部も全力で取り組んで参りますので,引き続きのご協力をお願いいたします.

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