「先生! さくら文庫やってないんですか?」
患者さんから突然声を掛けられた。当院では患者さんのための図書館「さくら文庫」をやっていて、大変喜ばれている。漫画をしこたま借りていく人や、小説やエッセイも人気だ。中には糖尿病やがんなどの医学書を借りていく人もいる。ボランティアの人達と始めて25年になる。
最近はコロナの感染拡大予防のために休館中であった。そのことを伝えるととても残念そうだった。申し訳ないので、直接さくら文庫から本の出前をすることにした。仕事終わりに、どんな本が好きなんだろうと考えながら本を選んで病室にお届けした。訪室するたびに「先生の好みはナイスよ! みんな面白かった」と喜んでくれたので、次の本を選ぶのが楽しくなった。
退院の日に奇麗な封筒でお礼の手紙を頂いた。「入院中は病棟回診のように様子を見にきて頂いて、とてもうれしかったです。私は子育てが落ち着きやっと自分の時間がもてるようになり、毎日読書する時間を楽しみにしていました。ところが今回突然がんの診断を受け、入院になりました。病気は現実への恐怖や不安と毎日のように向き合わなければなりません。そんな時、本と向き合う時間は私を違う世界に導いてくれる。その時だけは病気のことを忘れられる時間なのです。なので、素敵な本に出会える"さくら文庫"はぜひ続けて欲しいです。コロナ禍の中で図書館にも売店にも行けない、面会もダメと諦めていたら、本の出前があるなんて想像もしませんでした。おかげで素敵な入院生活になりました。ありがとうございました」。何だかこちらの方がうれしくなった。
こんな時だからこそ、さくら文庫は必要なんだと意を強くして、感染が収まる頃にはぜひ再開したいと、今ボランティアの方達と再開に向けて準備中です。