「トン、トン、ニー、パパッ、シザース、うんパッ」。一生懸命リズムを口ずさみながらグルグル回って踊っている。
皆さんはエアロビクスと聞いて何を思い付くだろう。映画「フラッシュダンス」のレオタード姿を思い浮かべる方も多いんじゃないだろうか。実際、7年前までの私も、何か恥ずかしい競技、みたいな印象しかなかった。
若い時分からほとんど運動する習慣が無く、中年に至っていたのであるが、子どもの受験期に家庭内の雰囲気がギスギスし、「何とか外で発散して打開策を」とあらぬ方向に力が向いて夫婦でジム通いをすることにした。せっかく月会費を払っているんだから、筋トレだけじゃなくダンス系も出てみようかと、参加しているのは女性ばかりのダンス系プログラムに出てみた。そうしたらこれが面白い。
大体、1カ月掛けて、一つの振り付けを練習していく。最初は前を向いて、ワンツーワンツーとするのが、次第にリズムが変わり、「トン、チャチャ、ジャンプ、うん、キック、チャチャ」となる。そして面変えといって前向きが後ろ向き、横向き、L字移動など。なかなか付いていけないが、1カ月の終わり頃にようやく動けるようになると、アドレナリン、エンドルフィンが出まくりである。言っておくが、もともと踊りのセンスも運動神経も無いから、鏡に映る姿はタコ踊りとしか形容できない。なのでできるだけ自分の姿は見ないことが肝要である。こうすれば、頭の中ではEXILEのダンサーも顔負けな気分でいける。
そんな中で突然コロナ禍がやってきた。ジム由来のクラスターも報告されて、通うことができなくなってしまった。
1年近く疎遠となればだんだんと気持ちも薄れていたところ、たまたまYouTubeを見ていたら、自宅でエアロを踊っている動画を見付けた。普通のリビング、絨毯(じゅうたん)の上で靴下履きの、Sちゃんというインストラクターらしき人が教えているのだった。思わず何度も再生しながら一緒に踊り、久しぶりに汗をかいた。動画の良いところは、難しい振り付けでも何回も見直したり一時停止ができることで、「こりゃ良いものを見付けた!」と喜んだ。先に書いた、面変えといった私の苦手な動作でも、繰り返せば何とかなるものである。
このSちゃんの動画は他にも初級、中級とあり、彼女自身も働く場所が減っているのか、日を追って次々と動画がアップされていった。場所も彼女の自宅リビングからジムのスタジオらしき場所になり、更にスポット照明まで当てる凝りようになった。私も追っ掛けの気分で新作をチェックするのが習慣となっていた。
ところがコロナが第5波を乗り越えてくる頃から動画の更新が次第に減り、パタッと止まってしまった。もうインストラクターを辞めたんだろうか、と訝(いぶか)しんでいたら、ある日新しいものがアップされていた。急いで再生すると、そこには、たくさんの観客が集まるイベントステージで、グループで踊るSちゃん。
どうやら私も家からジムに戻る時がようやく来たようである。