数年前から、そろそろ人生のまとめに入ろうと考えてきた。趣味のピアノも、終わりの形をつけようと思った。断続的に練習してきたものの、何しろ病院を転々とした関係で、持続的な勉強はできなかった。その結果上達はしなかった。
7年前に念願のグランドピアノを買ってから、安定した練習ができるようになった。私が習っていた先生のピアノ教室が発表会を行わなくなったため、先生の恩師の教室の発表会に出ることになった。気軽に参加したが驚いた。レベルが高いのだ。高校生はショパンの大曲や、ラフマニノフ等を弾きこなす。全員暗譜で弾く。小学生でも私よりうまい子がいる。これはヤバイぞ。年長者の沽券(こけん)に関わるぞ。
そこで長期的な対策を考えた。発表会で弾く曲は普通半年ぐらい掛けてステージにもっていく。高齢者はそんな短期間では無理だから、過去に弾いた曲で臨もう。そうすれば譜読みの時間を省ける。大曲は避けて、謙虚にモーツァルトでいくことにした。モーツァルトはかえって難しいのですよという声も聞こえそうだが、ここではそのような高尚な話はしない。題して「モーツァルト5か年計画」。
5年間にモーツァルトのソナタを3曲、ロンドを1曲、コンチェルトを1曲弾くという計画である。5曲のうち3曲はすでにステージで弾いたものである。1年目と2年目のソナタは、かなりの練習量を掛けて臨んだが、ミスが多く残念な結果に終わった。今年の秋はかなり弾き込んだロンドをやるので、今度こそうまくいくのではと思っている。問題は最終年度のコンチェルトである。モーツァルトの最後のコンチェルト、27番の3楽章である。これはモーツァルトの歌曲「春への憧れ」の基になった、何とも言えない幸福感に満たされた曲である。
「春への憧れ」は私が大学に入ってすぐ聴いたNHKのドイツ語入門という番組の4月のテーマ曲であった。入学当初の希望に満ちた時期がよみがえる。75歳で先生と一緒に華やかにこの曲を弾いて、ピアノ修行を卒業とする。我ながら素晴らしい企画である。問題はこのコンチェルトを弾く力量が無いことだ。
コンチェルトだから本来はオーケストラと共演する。それは無理なので、2台目のピアノで先生がオーケストラのパートを弾く。この企画を先生に最初に話した時、先生は「いいですね」と軽く聞き流しておられた。その後、私が本気なことに気付いて対応が変わった。無理ですよとも言えないので「ゆっくり弾けば何とかなるかも......」。私は難しいのは分かっているので3年掛ける旨話した。3年目、4年目の曲と並行して練習する。医師の上にも3年。道は開けるかも......。
昨年11月の発表会が終わってから、直ちに練習に取り掛かった。演奏は再来年の秋。万雷の拍手を浴びて卒業を迎えるイメージトレーニングをしなければならない。
(一部省略)
宮城県 石巻市医師会報 No.304より