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令和2年(2020年)6月20日(土) / 南から北から / 日医ニュース

クリニック、ドクターと言っても、診療ではありません。

 私は普段、万年筆を使って書き物をする。今使っているお気に入りの万年筆は、プラチナ万年筆の「センチュリー3776ロジウムフィニッシュ」という逸品。これはプラチナ万年筆が富士山(標高3776メートル)の頂点を目指してという思いを込めて開発したセンチュリー3776のペン先にロジウム処理を施した代物である。
 万年筆はいい。書き味がいい。書くことが楽しくなる。
 ところで、ペンクリニック、ペンドクターという言葉をご存じであろうか。万年筆のクリニック、ドクターのことである。書き味の悪くなった、または落としたりして壊してしまった万年筆を「治療」する専門家である。
 書き味の悪くなった万年筆を診てもらうために、最近このペンクリニックに行ってみた。
 ペンドクターは、白衣を着て座っていた。かなりの御歳である。そろりそろりと近付いた。「どれ、見せてみなさい」と威圧的な態度で差し出した手は、指先にインクが染みついている凄腕の職人の手をしていた。私の万年筆の持ち方をチェックした後、何やらルーペでペン先をのぞき込み、スリットの部分を開いたりしたかと思えば、サンドペーパー(非常に目の細かいものらしい)でゴリゴリこすり始めた。
 「そんなことして大丈夫か?」と不安げな私を横目に「あなたは万年筆の最高の状態を知らないで使っているはずだ」と。今から最高と呼ばれるものをお見せしましょうと言わんばかりに、更にゴリゴリ、こすり始めた。サンドペーパーの上を書きなぐっているような仕草もあった。
 「ほれ、書いてみなさい」と言って渡された万年筆は、「すげーっ!」と叫びたくなるような書き味に復活というか、進化を遂げていた。
 「また何かあったら来なさい」といってほほ笑むペンドクター。「先生っ(と思わず言ってしまった)! お代は?」「ふふっ、無料だよ」と。もちろん2本まで無料と書いてあったので、無料なのは分かって来ているのだが......。
 私が研修医の頃、こんな感じの先生がいた。こわもてで近寄りがたい先生でよく怒られたけど、妙に優しい一面があった先生だった。ペンドクターに会って、昔のことがよみがえった、という一日だった。
 私が万年筆で書き物をしているところを息子がのぞき込んできて、自分も万年筆が欲しいと言い出した。国産のプラチナ万年筆やセーラー万年筆、パイロット万年筆を薦めたが、デザイン性からWatermanの万年筆(フランス製)を選んだ。大変気に入って、喜んで書き物をしているようだ。最近、字を書くという作業が減り、キーボードを使うことが多くなっている中、いっぱい字を書いて欲しいというささやかな親の願いが、財布のひもを緩めてしまった。

(一部省略)

岡山県 岡山県医師会報 第1521号より

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