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平成28年(2016年)6月20日(月) / 日医ニュース

終われない医者

 当科に通院されている同い年の男性から「いつまで働くのですか」と診察中に尋ねられ、返答に窮した。
 彼は既に親会社から関連会社に転籍し、65歳の定年まであと3年、退職後はゴルフ三昧(ざんまい)したいと話す。定年などストレスのかかる人生の節目に病気が発症しやすい実情を診ていると、自然と自身の人生のあり方も考えてしまう。
 勤務医であれば定年はあるが、ライセンスに定年はない。今の医師数と医療事情を考えると、開業医も勤務医も肉体的精神的に問題なく働こうという気持ちさえあれば、どんな年齢になろうとも働く場所は容易に見つけられる。医者は何と恵まれた職業なのであろうか。
 80歳過ぎまで地域医療に携わり、かかりつけ医として慕われ、引退した途端体調の変化に気づき、1カ月の闘病生活で亡くなった医者がいる。60歳になった途端医療から一切身を引き、自分の人生を楽しみ、ますます精力的に生きている医者も知っている。
 どちらの人生設計を選ぶのかは各々(おのおの)の人生観によるが、どちらも医者だからこそできることである。
 先日アフリカ各地で外務省の医務官を6年間務め退職し、今度は国内を巡航するクルーズ船に船医として乗り込むという女性医師が、研修後の船酔いと思われる吐き気で受診した。
 開業医25年間の日常からはかけ離れた別世界の彼女の仕事に俄然(がぜん)興味を持ち、病状などそっちのけで医務官の生活や、なぜ医務官になったかなど時間をかけて尋ねたが、医務官の定年が65歳と聞き現実に戻った。
 月曜日の朝は気分が重い。しかしクリニックで白衣に着替え、朝一番の患者を起立して迎えた瞬間、シャキッとして憂うつな気分は吹っ飛んでしまう。やはり医者が向いているのだろう。当分医者稼業はやめられそうにもないという妙な安堵(あんど)感もある。
 「青春とは人生のある時期ではなく心の持ち方を言う」のサミュエル・ウルマンの詩を胸に刻み、行けるところまで今のスタイルを貫く、そしてその時々でまた考えればいいと心積もりしている。

(文)

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