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平成27年(2015年)12月5日(土) / 日医ニュース

26年後の墓参り

 世界遺産の旧市街からバスに20分ほど乗り、小さな村の教会に着いた。敷地へ入り聖堂左側の壁沿いに墓地を進むと、その質素な墓は静寂の中で佇(たたず)んでいた。墓石の銘をよく見ないと通り過ぎてしまいそうである。早朝のためか敷地内には誰もおらず、思いがけずゆったりとした時間が取れそうだ。墓石の傍らでしゃがみ込み指を組む。
 50年近くその演奏に親しんできた巨匠がこの下に眠っていると考えると、土を眺めながら自然と熱い思いが巡る。そして今が人生で一番贅沢(ぜいたく)な瞬間のように思われた。隣には丁度(ちょうど)同じぐらいの面積の土地が空いており、ご健在である夫人の深い愛情が感じられる。
 帝王と呼ばれた指揮者カラヤンは、かつての音楽少年にとってヒーローであり、遠い過去の巨匠たちとは違って、彼は見て聞くことができた。大阪万博フェスティバルでの颯爽(さっそう)とした姿と演奏は、私には強烈な経験であった。その彼も1989年に81歳の生涯を閉じたが、その墓地が故郷ザルツブルク(オーストリア)にあることは知っていた。
 いつかは実現しようと思いながら長い時間が経ったが、一念発起、決心したのが今回の墓参りである。旅行の準備や代診の手配は大変であったが、この時ばかりは診療報酬改定、地域医療構想、医療事故調、マイナンバー、消費増税など医師会を取り巻く諸問題に眩暈(めまい)がしそうな現実を、少しだけ忘れられたような気がした。

(パパゲーノ)

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