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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と社会】G-10.医療施設・福祉施設職員の患者への虐待

瀬尾 雅子(産業医科大学病院医療安全管理部(執筆当時)・弁護士)


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 近年、医療施設・福祉施設の職員による精神障害者、認知症高齢者に対する虐待に関する報道を目にする。また、高齢者虐待防止法や障害者虐待防止法では福祉施設職員による虐待に関する通報義務が定められているが、厚生労働省の調査結果によると、上記通報の件数は増加傾向にある。

 虐待は、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、放棄・放置、経済的虐待の5類型に分類される。施設職員によりこれらの行為が行われた場合、当該職員は民事責任(損害賠償責任)、刑事責任(罰金、懲役等の刑罰)を負い、さらに、免許取消し等の行政処分の対象となる可能性がある。当該施設も使用者として法的責任を問われ、行政処分の対象となる可能性がある。また、職員・施設ともに社会的に非難を受けることは言うまでもなく、ひいては医療・介護全体への不信感にもつながる。

 施設内の虐待を防ぐためには、各職員の意識啓発とともに、組織としての体制整備が必要である。具体的には、倫理綱領や行動指針等の制定・周知、研修の実施、虐待防止委員会等の設置等の対策が必要である。研修内容としては、虐待防止に関する法制度や職業倫理、患者の特性に基づく適切な医療・介護技術、職員のストレスマネジメントに関する内容等が挙げられる。虐待防止委員会は、虐待・虐待疑い事案発生時の報告を受け、事実を調査し、原因を分析し、再発防止策を実施する。報告体制が機能するためには、報告しやすい風通しのよい組織作りも必要である。

 医療・介護現場で注意しなければならないのは、医療・介護上必要との認識で行った行為が虐待と評価される場合があるという点である。典型的場面は、転倒・転落や自傷他害行為のおそれのある患者に対する身体拘束(抑制)である。この場面においては、患者本人や第三者の生命・身体の安全(善行原則)と、患者の尊厳・行動の自由(自律尊重)という2つの価値(倫理原則)の間でジレンマが生じている。この点、介護保険指定基準(平成11年厚生省令40号)及び厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」(2001年)1)は、①切迫性(本人又は他の利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと)、②非代替性(身体拘束等を行う以外に代替する方法がないこと)、③一時性(身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること)の3要件を全て満たす「緊急やむを得ない場合」に限り身体拘束が許容されるとの基準を示している。医療においても考え方は同様であり、平成22年1月26日最高裁判決2)は、夜間せん妄症状のある80歳患者をミトンでベッド柵に固定した身体抑制について、上記三要件に相当する事実を認定して「緊急やむを得ない」と判断している。したがって、身体抑制の実施にあたっては、上記3要件に即して実施の是非を検討すべきである。また、判断の正当性を担保するためには、手続面の配慮も求められる。すなわち、判断は多職種チームで行い、判断根拠となる具体的事実を記録に残すこと、本人や家族に説明して十分な理解を得た上で行うこと、定期的に身体抑制を解除して観察・記録を行うこと等の手順を、予めルール化しておくことが望まれる。

 身体抑制に限らず、医療・介護行為の多くは有形力の行使や侵襲を伴い、正当業務として違法性が阻却されなければ暴行・傷害(身体的虐待)とみなされる危険を孕んでいる。判例上、正当業務といえるかは、行為の目的のみならず、手段・方法の相当性を含む行為態様を考慮して全体的に社会的相当性が認められるかにより判断される。このため、現場としては、より権利侵害の小さい手段はないか、直ちに行う必要性・緊急性はあるかという点を常に意識し、判断困難な場面では個人で判断せず多職種で話し合うことが重要である。

文献

1)厚生労働省身体拘束ゼロ作戦推進会議「身体拘束ゼロへの手引き」2001年3月.
2)平成22年1月26日最高裁判所第三小法廷判決;最高裁判所民事判例集64巻1号219頁.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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