医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師とその他の医療関係者】F-1.救急医療における医師と救急救命士の役割

行岡 哲男(東京医科大学常務理事)


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 救急救命士は、基本的に医師不在の救急現場で活動する。具体的には、現場での救出・救助の後、医療機関への搬送を担当し、この間、救急現場で必要な医行為を行う。心肺停止例の場合、処置基準に基づき電気的除細動や器具を用いた気道確保、静脈確保と乳酸リンゲル液の輸液、アドレナリン投与等々の救急救命処置を行う。また、意識障害例では血糖測定を行い低血糖の場合、ブドウ糖の投与を行う。しかし、たとえば、心肺停止例の気管挿管は、より簡便な器具による気道確保ができないものが対象となり、救急救命士は事前設定された処置基準に従い医行為を行う。その処置基準の内容、また医師による指示・指導の在り方を策定し、各実施例の事後検証を行うのが、医師を中心に消防・行政機関が参加し組織されるメディカルコントロール(MC)協議会である。

 このように、医療専門職のなかでも医師と救急救命士(以下、救命士)の関係は特異的である。現在、救命士として現場活動する者は消防吏員のみで、階級を有し制服を着用する地方公務員である。現場では「指揮・命令」のもと部隊運用の一貫として活動し、消防基本六法がその法的根拠となる。病院前救護/医療を担当する救命士は平成4年に活動を開始し、救急救命士法を含む医療六法がその活動を支える。救急現場には通常医師は居らず、救命士は離れた場所から医師の「指示・指導」を受ける。

 平成4年以降、歴史的・文化的背景が違う消防と医療の組織的協働が始まったが、現場での異文化コミュニケーションを成熟させる時も必要であった。これを第1期とすれば、第2期のはじまりは平成15年が妥当であろう。この年に、救急救命士施行規則が改正され業務の高度化が始まる。この時期には厚生労働省と総務省が共同した「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」や「救急業務高度化推進委員会」の報告書が出され、救命士の処置拡大が進められた。第2期の特徴は救急業務の医学的な高度化であり、その医学的質を確保すべくMC協議会の強化も図られた。すべての都道府県に都道府県MC協議会が設けられ、さらに地域MC協議会が全国で251(平成29年11月現在)設置された。また、業務高度化には、MC協議会活動の全国的底上げが必要とされ、平成19年に全国MC協議会連絡会が設けられた。

 平成27年、この全国MC協議会連絡会の開催要項に、現場活動の医学的質保証に加え「救急医療提供体制を構築する場としての活用」が書き加えられた。すなわち、医師と救命士の連携が地域の救急医療体制に関わることが明確に意識されるようになった。これを第3期への転換点としたが、この時期、国は地域医療構想を示し、急性期―亜急性期―慢性期といったpatient journey1)に即した各地域での病床区分へと動き出している。また、地域包括ケア構想への動きも加速化した。第3期の重要なキーワードは、これらの行政施策と同じく「地域」である。

 平成29年現在、全国47都道府県MC協議会の構成員総数は、医師が468名(救急医療の従事者:327名、医師会代表:120名、保健所医師:21名)、消防本部代表が310名、都道府県の衛生と消防防災主管関係者が各々60名と49名である。MC協議会は先行する医師と救命士の連携から四半世紀が過ぎ、医療・行政・消防の関係者が、地域の救急医療に関し実務的協働を展開するプラットフォームへと育ちつつある。

 医師の使命は、「国民の健康な生活を確保する」こと(医師法第1条)である。医師が患者と向きあい診療を行う場(点)のあり様は、これを支える医学の進歩とともに今後も進化するはずである。点だけでなく面としての医療のあり様に力点を置く姿勢は、地域医療の重視として具現化する。高齢化による医療ニーズ増大と同時に人口減少が進む現在、地域の実情に沿ってヒト・モノ・カネを最適化し、質を保ちつつ効率的な医療提供体制を確保することは、社会の切実な要請である。社会の要請への医療者としての適正な対応を欠けば、その職業倫理の議論は空論化する。実践なき理念は空虚である。医師と救命士の関係は、第1、2期と四半世紀を超える歴史を経て、地域に根ざした実効性のある組織体としての条件を持ち得るものとして第3期を迎えている。今後、面としての地域医療のあり様は一層重要性を増すが、救急医療ではMC協議会という土台の活用が可能であり、その意味で先導的役割に担い得る。

 当面の課題は、MC協議会の活動の密度や強度が地域によりバラつきが大きい点である。救急医療から地域医療を活性化するという、意識の共有強化が今後の課題と思われる。

文献

1)行岡哲男:救急医学・医療の先駆性―救急医学・医療からみた地域医療構想の本質的意味.病院 2016;75:783-788.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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