医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【遺伝子をめぐる課題】E-1.遺伝子検査・遺伝学的検査

福嶋 義光(信州大学名誉教授)


印刷用PDF

 遺伝子解析技術は、医療の場では、以下の3つの目的で用いられている1)

①病原体遺伝子検査(病原体核酸検査):ヒトに感染症を引き起こす外来性の病原体(ウイルス、細菌等微生物)の核酸(DNAあるいはRNA)を検出・解析する検査。

②ヒト体細胞遺伝子検査:癌細胞特有の遺伝子の構造異常等を検出する遺伝子検査および遺伝子発現解析等、疾患病変部・組織に限局し、病状とともに変化し得る一時的な遺伝子情報を明らかにする検査。

③ヒト遺伝学的検査:単一遺伝子疾患、多因子疾患、薬物等の効果・副作用・代謝、個人識別に関わる遺伝学的検査等、ゲノムおよびミトコンドリア内の原則的に生涯変化しない、その個体が生来的に保有する遺伝学的情報(生殖細胞系列の遺伝子解析より明らかにされる情報)を明らかにする検査。

 このうち、倫理的配慮が必要なのは、3番目の遺伝学的検査を行う場合である。遺伝学的検査により得られる遺伝情報には表1のような特性があり、遺伝学的検査およびその結果に基づいてなされる診断を行う際にはこれらの特性を十分考慮する必要がある1)

 従来、遺伝子解析は研究を目的として行われることが多かったが、医学・医療のさまざまな領域で、遺伝子解析技術が実用段階に入っていることから、日本医学会では、国民により良い医療を提供するためには、医師等が、医療の場において遺伝学的検査・診断を、その特性に十分留意、配慮したうえで、適切かつ有効に実施することが必要であると考え、2011年に、その実施の際に医師等が留意すべき基本的事項と原則を「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」1)としてまとめた。

表1 遺伝学的検査に得られる遺伝情報の特性

  • 生涯変化しないこと。
  • 血縁者間で一部共有されていること。
  • 血縁関係にある親族の遺伝型や表現型が比較的正確な確率で予測できること。
  • 非発症保因者(将来的に発症する可能性はほとんどないが、遺伝子変異を有しており、その変異を次世代に伝える可能性のある者)の診断ができる場合があること。
  • 発症する前に将来の発症をほぼ確実に予測することができる場合があること。出生前診断に利用できる場合があること。
  • 不適切に扱われた場合には、被検者および被検者の血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があること。

(日本医学会:医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011より引用)

 このガイドラインでは、遺伝学的検査を、すでに発症している患者の診断を目的として行われる遺伝学的検査と、非発症保因者診断、発症前診断、出生前診断を目的に行われる遺伝学的検査の2つに分類し、それぞれにおいて必要とされる診療体制の違いを明確に記載している。

 すでに発症している患者の診断を目的として行われる遺伝学的検査では、原則として、一般診療の流れのなかで主治医の責任において行うべきであるとしている。すなわち、主治医が臨床的有用性を確認し、患者・家族に対し、検査前の適切な時期にその意義や目的の説明を行うとともに、結果が得られた後の状況、および検査結果が血縁者に影響を与える可能性があること等についても患者・家族が十分に理解したうえで検査を受けるかどうか自己決定できるよう支援することとしている。

 一方、非発症保因者診断、発症前診断、出生前診断を目的に行われる遺伝学的検査においては、通常、被検者は検査実施時点では、患者ではないため、一般診療とは異なり、遺伝医療(遺伝子診療)として、事前に適切な遺伝カウンセリングを行った後に実施すべきであるとしている。

 わが国では、発症者の診断・治療にあたっている主治医がさまざまな遺伝に関する情報提供を患者・家族に行っていると考えられるが、遺伝医療でもっとも重要な遺伝カウンセリングは単なる情報提供だけではなく心理的・精神的・社会的サポートを行うことがきわめて重要である。遺伝カウンセリングを行おうとする医師は専門分野だけの知識ではなく幅広い遺伝医学の知識を身に付け、遺伝情報の特殊性と倫理的問題を理解し、心理的・精神的・社会的サポートが可能となるような診療体制を構築したうえで遺伝カウンセリングを行う必要がある。

 遺伝学的検査・遺伝カウンセリングが必要な患者・家族に、適切に対応するためには、臨床遺伝専門医2)から助言を得ること、認定遺伝カウンセラー3)として協同して取り組むこと、または遺伝子医療部門に紹介することも考慮すべきである。特に、遺伝カウンセリング担当者の個人的努力では、倫理的な問題のために、対応困難な事例(治療法の確立していない疾患の発症前診断や選択的中絶が可能となる出生前診断など)については、大学病院の遺伝子診療部などの組織的体制が整備された部門での対応が求められる。2017年現在、全ての大学病院(本院)を含む115の医療施設に名称はさまざまであるが遺伝子医療部門が設立されている4)

 また、近年急速に臨床応用が進められつつある次世代シークエンサー(NGS)等を用いたヒトゲノムの網羅的解析では、本来目的とした遺伝子変異以外のゲノム上の変化が検出されることがあるため、日本人類遺伝学会5)では、「次世代シークエンサーを用いた網羅的遺伝学的検査に関する提言」を公表している。

文献

1)日本医学会:医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011.
http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.html
2)臨床遺伝専門医制度委員会:臨床遺伝専門医制度.
http://www.jbmg.jp/
3)認定遺伝カウンセラー制度委員会:認定遺伝カウンセラー制度.
http://plaza.umin.ac.jp/~GC/
4)全国遺伝子医療部門連絡会議:維持機関会員施設名簿.
http://www.idenshiiryoubumon.org/list/index.html
5)日本人類遺伝学会:「次世代シークエンサーを用いた網羅的遺伝学的検査に関する提言」の公表について.
http://jshg.jp/news/1416/

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

医の倫理の基礎知識トップへ