医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師の基本的責務】A-1.日本医師会と医の倫理向上への取り組み

森岡 恭彦(東京大学名誉教授、日本赤十字社医療センター名誉院長、日本医師会参与)


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 日本医師会の定款には、会の目的として、まず「医道の高揚」が挙げられ、平成25年に制定された日本医師会綱領でも「医師としての高い倫理観」が冒頭に述べられている。また、世界医師会も倫理の問題に強い関心をもち、これまで多くの提言をしてきた。特に1987年の「プロフェッショナル・オートノミーと自己規律に関するマドリッド宣言」(2009年改定)では「医師は、高度なプロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性を社会から与えられていることで、外部からの不当な干渉を受けずに患者の最大利益を基準として助言を行うことができる」とし、一方において医師は医療上の知識や技術の習得、倫理の向上、自己規律に継続的責任をもたねばならないとし、「各国医師会は、自己規律システムが、医師を保護する者としてだけではなく、医師という職業そのものの名誉を守り、そして、一般市民の安全、支持および信頼を維持すべきものであると会員が理解するよう支援しなければならない(日本医師会訳)」として各国医師会の責務に触れている。

 日本医師会は戦後に任意設立、任意加入の医師団体として再発足し、昭和26年に「醫師の倫理」を制定した。その後の高度経済発展と国民皆保険制度の発足などに伴い、昭和40年には当時の武見太郎会長は医師倫理委員会を開催し、医の倫理についての諸問題を検討し、特に有識者の講演を主体とした報告を「医師倫理論集」として発刊した。

 昭和40年ごろにはアメリカを中心に医療における患者の人権擁護という視点から患者の自立性、自己決定権、インフォームド・コンセントの尊重ということが重視されるようになり、わが国でも昭和60年ごろから医の倫理についてのこの新たな考えが認識されるようになり、また、脳死体からの臓器移植や終末期医療、遺伝子治療、生殖補助医療など、これまで考えられなかった医療行為についての倫理問題が起こり、昭和61年に当時の羽田春兔会長は「生命倫理懇談会」を発足させ、以後、懇談会では生命倫理に関する諸問題、特に臓器移植、生殖補助医療、遺伝子診断・治療などの先端医療や終末期医療について検討、提言を行ってきた。

 平成8年、当時の坪井栄孝会長はさらに倫理の実践に踏み込み「会員の倫理向上に関する検討委員会」を設置し、医師の職業上の倫理の向上についての具体的な対策を検討することになった。委員会はまず昭和26年に制定された「醫師の倫理」の改訂に着手し、平成12年に新たな「医の倫理綱領」を策定し、これは同年4月の定例代議員会で採択された。さらに平成16年にはそれに基づく「医師の職業倫理指針」を作成し、これを会員に配布した。この指針は平成20年と28年に改訂した。

 この委員会は平成16年に「会員の倫理・資質向上委員会」と改名されたが、歴代の会長の諮問を受け、上述の「倫理綱領」や「医師の職業倫理指針」の策定のほかに、国内外の医師の身分上の管理制度、医師の行政処分、各国の医師会の取り組み、倫理教育などを調査検討し、日本医師会の取り組むべき課題について答申してきた。倫理は個人の自覚に基づくもので医師会会員各自が倫理について何が問題なのかを認識することが最も重要と考え、上述の国内外の状況を提示しながら、「医の倫理綱領」や「医師の職業倫理指針」を基に倫理についてのミニ事典やケーススタディー集を刊行した。さらにはホームページ上に個別の解説を掲載するなど、いろいろなメディアを通じて会員に情報を提供してきた。さらに平成23年以降、毎年1回、都道府県医師会の代表が参加するワークショップを開催している。

 倫理の問題は一朝一夕で解決できるものでなく、また、医学の進歩に伴う新たな倫理問題が起こることも多いが、前述したように医師会会員各自が問題意識をもち、自覚をもって行動することが重要で、今後とも医師会として何をすべきか模索し対策を考えていく必要があろう。

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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